コロナ ハラルさんの記事
コロナウイルスの脅威に直面する世界に向けた、歴史学者ハラリの寄稿。
中央集権的な監視と厳しい処罰を与えるのでなく、市民に科学的な根拠や事実を伝え、自分で可能なかぎり対応するという意識を醸成するほうが、はるかに強力で効果のある対応を行うことができる。
そして、国家主義的な孤立でなく、グローバルな結束こそが、危機を乗り越える鍵となるとのこと。
情報発信やテクノロジー、クリエイティブ等を駆使して、ボトムアップで困難な状況を打破するために、僕らひとりひとりにもできることがきっとなにかしらあるんじゃないだろうか。頭を振り絞って自分も考え、動いていきたい。
コロナ後の世界に警告 「サピエンス全史」のハラリ氏:日本経済新聞
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著書「サピエンス全史」で人類の発展の歴史をひもといたイスラエルの歴史学者、ユヴァル・ハラリ氏が日本経済新聞に寄稿し、新型コロナウイルスの脅威に直面する世界に今後の指針を示した。ユヴァル・ノア・ハラリ(32 kB)
全体主義的監視か 市民の権利か
コロナ後の世界へ警告 歴史学者ハラリ氏寄稿
日本経済新聞 朝刊 特集(15ページ)
2020/3/31 2:00
ベストセラーとなった著書「サピエンス全史」で、人類の発展の歴史を説いたイスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏が日本経済新聞に寄稿し、新型コロナウイルスの脅威に直面する世界に今後の指針を示した。
=ロイター
■危機下で進む監視社会
人類はいま、世界的な危機に直面している。おそらく私たちの世代で最大の危機だ。私たちや各国政府が今後数週間でどんな判断を下すかが、これから数年間の世界を形作ることになる。その判断が、医療体制だけでなく、政治や経済、文化をも変えていくことになるということだ。
新型コロナの嵐はやがて去り、人類は存続し、私たちの大部分もなお生きているだろう。だが、これまでとは違う世界に暮らすことになる。
今回、実行した多くの短期的な緊急措置は、嵐が去った後も消えることはないだろう。緊急事態とはそういうものだ。緊急時には歴史的な決断でもあっという間に決まる。平時には何年もかけて検討するような決断がほんの数時間で下される。
今回の危機で、私たちは特に重要な2つの選択に直面している。1つは「全体主義的な監視」と「市民の権限強化」のどちらを選ぶのか。もう1つは「国家主義的な孤立」と「世界の結束」のいずれを選ぶのか、だ。
新型コロナの感染拡大を食い止めるには、全ての人が一定の指針に従わなければならない。これを成し遂げるには主に2つの方法がある。
1つは政府が市民を監視し、ルールを破った人を罰する方法だ。今、人類史上で初めて、テクノロジーを使えば全員を常に監視することが可能になった。
50年前だったらソ連の国家保安委員会(KGB)であっても、2億4000万人にのぼるソ連の全市民を24時間追跡することはできず、そうして収集した全ての情報を効果的に処理することも不可能だった。KGBは工作員や分析官を多く駆使したが、それでも全ての市民に1人ずつ監視役を張り付けて追跡するのはどうしても無理だった。
だが現在、各国政府は生身のスパイに頼らずとも、至るところに設置したセンサーと強力なアルゴリズムを活用できる。
実際、いくつかの国の政府は、新型コロナの感染拡大を阻止するため既にこうした新たな監視ツールを活用している。最も顕著なのが中国だ。
中国当局は市民のスマホを細かく監視し、顔認証機能を持つ監視カメラを何億台も配置して情報を収集する。市民には体温や健康状態のチェックとその報告を義務付けることで、新型コロナの感染が疑われる人物をすばやく特定している。それだけではない。その人の行動を追跡し、接触した者も特定している。感染者に近づくと警告を発するアプリも登場した。
こうした技術を活用しているのは東アジアだけではない。イスラエルのネタニヤフ首相は最近、同国公安庁に対し、新型コロナの感染者を追跡するため通常はテロリスト対策に使途が限られる監視技術の活用を認めた。
議会の関連小委員会は許可を拒んだが、ネタニヤフ氏は「緊急命令」を出し、これを押し切った。
これまでは多数の監視ツールの配備を拒んでいた国でも、こうした技術の活用が普通になるかもしれない。監視対象が「皮膚の上」から「皮下」へと一気に進むきっかけにもなりかねない。
政府は従来、市民がスマホの画面を触って何をクリックしているのかを知りたがっていた。新型コロナ拡散を機に、関心の焦点は指の温度や皮下の血圧に移っている。
私たちが監視をどこまで許容するのかという問題を考えるにあたって直面する問題の1つは、私たちは現在どのように監視されていて、数年後はどんな事態になっているのかを誰も正確にはわからないことだ。
ある政府が体温と心拍数を24時間測定する生体測定機能を搭載した腕時計型端末を全国民に常に装着するよう求めた、と考えてみてほしい。
その政府は測定データを蓄積し、アルゴリズムで分析する。アルゴリズムによって当該人物が何か病気にかかっているかを本人よりも先に識別するだけでなく、どこにいたか、誰と会っていたかまで把握することが可能になる。
そうなれば感染が連鎖的に広がるのを劇的に短期間で抑え込めるようになるだけでなく、その感染すべてを封じ込めることさえ可能になるかもしれない。
こうした仕組みがあれば、特定地域で流行する感染症の場合、発生から数日で阻止できるかもしれない。「それは素晴らしい」と思うだろう。
だが、これにはマイナス面がある。ぞっとするような新しい監視システムが正当化されるということだ。
例えば、私が米CNNテレビのリンクではなく米フォックスニュース(編集注、保守的、共和党寄りで知られる)のリンクをクリックしたと知れば、私の政治観だけでなく、性格までも把握されるかもしれない。
緊急事態が終われば、そうした措置は廃止すればよい。だが、残念ながらそうした一時的な措置は、新たな緊急事態の芽が常に潜んでいるため、緊急事態が終わっても続きがちだ。
例えば、私の母国イスラエルは1948年の独立戦争(第1次中東戦争)のさなかに緊急事態を宣言した。そして、報道の検閲、土地の押収から、プディングの生産にまで特別な規制が課され(本当の話だ)、様々な一時的な緊急措置を正当化した。
当時、「一時的」とされた措置の多くはいまだ廃止されていない(もっともプディング緊急規制令は幸いにも2011年に廃止された)。
市民にプライバシーの保護と健康の二者択一を求めることは、この問題の本質を浮き彫りにする。なぜなら、こんな選択を迫ること自体が間違っているからだ。私たちは自分のプライバシーを守ると同時に健康も維持できるし、そうすべきだ。
全体主義的な監視態勢を敷くのではなく、むしろ市民に力を与えることで、私たちは自分の健康を守り、新型コロナの感染拡大を阻止することを選択できる。
■信頼の再構築がカギ
韓国や台湾、シンガポールはこの数週間で、新型コロナを封じ込める取り組みで大きな成果をあげた。これらの国は追跡アプリも活用しているが、それ以上に広範な検査を実施し、市民による誠実な申告を求め、情報をきちんと提供したうえで市民の積極的な協力を得たことが奏功した。
中央集権的な監視と厳しい処罰が市民に有益な指針を守らせる唯一の手段ではない。市民に科学的な根拠や事実を伝え、市民がこうした事実を伝える当局を信頼していれば、政府が徹底した監視体制など築かずとも正しい行動をとれる。市民に十分な情報と知識を提供し、自分で可能な限り対応するという意識を持ってもらう方が、監視するだけで、脅威について何も知らせないより、はるかに強力で効果ある対応を期待できる。
例えば、せっけんで手を洗う行為について考えてみよう。これは人間の衛生管理における過去最大の進化の1つだ。この簡単な行動が毎年、数百万人の命を救っている。今でこそ衛生管理に必要な当たり前のことと理解されているが、科学者がせっけんで手を洗う重要性を発見したのは19世紀に入ってからだった。
そのようなレベルの指示順守と協力を達成するには信頼が必要だ。科学、行政、メディアを信用することが必要だ。この数年、無責任な政治家たちが意図的に科学や様々な行政、メディアへの信頼を損ねてきた。今、まさにこうした無責任な政治家たちが、市民が正しい行動を取れるとは思えないから国を守るには必要だとして独裁主義的な道へ堂々と進もうとするかもしれない。
監視体制を築く代わりに、科学や行政、メディアに対する人々の信頼を再構築するのは今からでも遅くはない。様々な新しい技術も積極的に活用すべきだ。ただし、市民がもっと自分で判断を下し、より力を発揮できるようにするために。
深川 健太(kfukagawa/Kenta Fukagawa) 5日前
■世界規模の行動計画を
私たちが直面する第2の重要な選択は、「国家主義的な孤立」と「グローバルな結束」のいずれを選ぶかだ。感染拡大もそれに伴う経済危機もグローバルな問題だ。これを効果的に解決するには、国を越えた協力以外に道はない。
ウイルスに打ち勝つには、情報を共有する必要がある。
例えば、イタリアの医師が早朝に発見した事実が、その日の夕方にはイランの感染者たちの命を救うかもしれない。あるいは英政府がどのコロナ対策を採用すべきか悩んでいるなら、1カ月前に同じジレンマに直面した韓国から助言を得ることもできる。
各国は積極的に情報を公開し、他国と共有したり、謙虚に助言を求めたりしていくべきだし、提供されたデータや見解を信頼すべきだ。また医療機器、特にウイルス検査キットと人工呼吸器の生産とその配分については、グローバルに協力する必要がある。
経済面でも国境を越えた協力が求められる。自国のことだけを考え、他国のことを全く考慮しないままに行動すれば混乱とより深刻な危機を招くことになる。
世界規模の行動計画の策定が急務になる。
移動に関するグローバルな合意も欠かせない。数カ月にわたる海外への渡航禁止は、様々な深刻な問題を招き、ウイルスと戦ううえで妨げになる。科学者、医師、ジャーナリスト、政治家、ビジネス関係者など重要な職務に就く一部の人には渡航を認めるよう各国で協力すべきだ。具体的には、出発前に自国でウイルス検査を受けさせることで合意すればよい。検査で陰性だった乗客だけが飛行機に乗っているとわかれば、受け入れ国の抵抗感も減るだろう。
各国とも残念ながら現段階では、今、挙げたような取り組みをほとんどしていない。国際社会は現在、集団的なまひ状態にあり、誰も責任ある対応を取っていない。
2008年の世界金融危機や14年のエボラ出血熱の流行など、過去に世界規模の危機が起きた際は、米国が世界のリーダー役を担った。しかし現在の米政権はその役割を放棄し、人類の将来より米国を再び偉大な国にする方が大事だとの立場を隠そうともしていない。
米政権が今後、方針を転換してグローバルな行動計画を作っても、決して責任を取らず過ちも認めないのに手柄は自分のものにして、問題が起きれば他人のせいにする指導者に従う人はいないだろう。
米国が抜けた穴をほかの国々で埋められなければ、新型コロナの感染拡大を食い止めるのが難しくなるだけでなく、それによる打撃は国際関係に長く影響する。しかし、すべての危機はチャンスでもある。新型コロナの流行により、グローバルな分裂が重大な危険をもたらすと人類が理解するようになることを願う。
私たちの目の前には、自国を優先し各国との協力を拒む道を歩むか、グローバルに結束するのかという2つの選択肢がある。前者を選べば危機が長びき、将来、さらに恐ろしい悲劇が待つことになるだろう。後者を選べば新型コロナに勝利するだけでなく、21世紀に人類を襲うであろう様々な病気の大流行や危機にも勝利することができる。
ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari) 1976年、イスラエル生まれ。93~98年にヘブライ大で地中海史と軍事史を学んだ後、英オックスフォード大博士。歴史学者、哲学者。著書に世界で1200万部を発行した「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福」のほか「ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来」「21 Lessons:21世紀の人類のための21の思考」など。