読書メモ『海獣学者、クジラを解剖する』海の哺乳類の死体が教えてくれること
田島木綿子
山と渓谷社
2021年
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1章 海獣学者の汗まみれな毎日
動物のはく製:用途に応じて二つに大別
本はく製:生きてきた時の姿(生態)を表現、
仮はく製:研究者たちが作成、研究用
はく製製作の順序
1.被毛(毛皮)を剥く
2.剥いた被毛の皮下側に粗塩や岩塩を満遍なくまぶす、4℃の室温下で数日から一週間静置する
→浸透圧作用を利用して水分を取り除く、乾燥した時の収縮を防ぐ
3.10%のミョウバン液に1週間ほど漬け込み、被毛の柔軟性を保つ=なめし
4.縫い合わせ
被毛を持つ海の哺乳類(オットセイ、アザラシ、アシカ、ラッコ、ホッキョクグマなど)ははく製作製可能
被毛を持たない海獣(イルカ、クジラ、ジュゴン、マナティ)をはく製にすることは難しい
海岸に打ち上がる個体=ストランディング個体を標本や研究に活用
1種類の動物のある特徴を知るために最低30体は研究や調査に供する必要がある→情報が多いほど正確性を増す
その種を特徴づける肋骨や歯の数、頭骨の形を数値化した平均値、子供を産む年齢、寿命、大人の平均的な体長
その種がどのような生き方をし、暮らしているのか、他の生物との共通性や違いはどのようなところにあるのか
乾燥標本:骨格からなる「骨格標本」、被毛を剥いて生きていた頃の姿を再現する「はく製標本」
マッコウクジラやシャチの骨格標本:肋骨や骨盤骨から哺乳類である証、背骨や舌骨から哺乳類でありながら特殊性
アザラシやアシカのはく製標本:親子で毛色が違う理由は何か→幼体から成体まで収集し、並べて比較
冷凍標本:マイナス20〜マイナス80℃で保管
ストランディングした個体の筋肉や皮下脂肪、臓器を冷凍
すぐに調査できないストランディング個体をいったん冷凍保存しておくことが可能
液浸標本:液体に浸けて保管する標本
表皮や筋肉を99%アルコールに浸す
胃から採取した餌生物の残渣や生殖腺を液浸標本として保管
晒骨機:本来人間の骨格標本を作製するために開発された装置
人肌(37℃前後)で1〜2週間煮て、動物性タンパク質を分解
油脂成分を抜くために約60℃前後に温度を上げ、さらに1〜2週間煮る←骨の内部に海綿質が多く、小さな穴がたくさん存在し、その穴に油脂成分が大量に詰まっている
煮汁を捨てて骨を取り出し、高圧温水洗浄機やブラシを使って洗浄
晒骨機で煮る以外に虫(カツオブシムシなど)に軟部を食べてもらう方法、適切な場所に年単位で埋没し再発掘する方法
海に棲む哺乳類
鯨類:クジラ、イルカ、シャチ
海牛類:ジュゴン、マナティ
鰭脚類:アシカ、オットセイ、アザラシ、セイウチ
2章 砂浜に打ち上がる無数のクジラたち
海岸に漂着した哺乳類
死体の場合、地元自治体の判断で焼却か埋没するように国(水産庁)から通達
自治体の許可が得られれば、病理解剖したあと骨格などの標本を学術的に所持することができる
海野の哺乳類の死因:外的要因
船との衝突
漁網などに絡まる
サメやシャチなどの外敵に襲われる
ストランディングしたクジラの爆発:死後に溜まったガスが台南に充満してくると体の膨張に伴って胸ビレが上がっていく
「ヒゲクジラ」と「ハクジラ」
ヒゲクジラ:口の中にヒゲ板が生えている
体が大きい
主食はオキアミなどの動物性プランクトン、エビやカニなどの甲殻類
長距離の季節性回遊を行う:春から夏に餌を求めて寒い海域へ、秋から春先にかけて子どもを産み育てるために暖かい海域へ
ハクジラ:歯が生えている
中型から小型の種が多い
歯はあっても咀嚼しない、獲物を捕えるときに使うことはあるがほとんど丸飲み
幼体のときに特有の体色:アカボウクジラ科のクジラは幼体のときだけ親と違って体色が黄淡色で、おでこから目の周り、背側にかけて黒褐色→サメやシャチは海の深層から表層を見上げて獲物の影を確認→腹側を白っぽくすることで影ができない
ヒゲクジラの餌の取り方
スキムフィーディング(漉き取り摂餌):セミクジラ科クジラが行う
クジラヒゲ:上顎から細かい繊維状のもので構成されたいたが無数に垂れ下がっている
口腔内の粘膜がケラチン化したもの
泳ぎながら口先を少し開けるだけでオキアミや動物性プランクトンが海水とともに口の中へ→クジラヒゲをフィルターにして餌生物だけを口の中に残し、海水は口角から排出させる
クジラヒゲの色や形、繊維の性状や色はヒゲクジラ類によって異なる、種を特定するときの手がかり
ボトムフィーディング(底質摂餌):ヒゲクジラ類コククジラだけが行う
浅い海底の泥の中にすむカニやヨコエビなどのベントス(底生生物)を食べるために体の右側を下にして、わずかに開けた口の右側から海底の泥とともに餌を吸い込む
反対の左側へ水と泥を吐き出してクジラヒゲで濾し取り、口の中に残った餌を飲み込む
エンガルフフィーディング(飲み込み摂餌):ナガスクジラ科のヒゲクジラが行う
下顎と頭骨の関節が強靭な繊維でつながっている→顎を外して大きく開き大量の海水と餌を一気に取り込む
おなか側の皮膚にアコーディオンのような折り目(ウネ)をつくり、伸縮性を生み出す
取り込んだ大量の海水と餌生物はウネの部分の皮下にある空間に流れ込む→下顎や舌、ウネの筋肉を使って餌と水を再び口の中に戻す→クジラヒゲの濾過作用を使って餌だけが口の中に残り、海水は口から排出
ハクジラ類の歯
「同形歯類」:歯がすべて同じ形、餌を細かくする咀嚼機能はない
アカボウクジラ科のオスは2〜4個しか存在しない(二次性徴として重要な機能)、メスは歯を一生持たない
イカ類を主食:吸い込んで丸飲み
龍涎香
よい香りを放つ淡黄色から黒褐色の塊
海岸に落ちている
20世紀以降は香水産業に無くてはならない香り素材、シャネルNo. 5の主成分
マッコウクジラの腸から発見される結石
龍涎香の主な成分:「アンブレイン」とコレステロールの代謝物=太陽の紫外線や餌のイカに含まれる銅が作用してアンブレインの構造が酸素で切断されると香り成分が生み出される
マッコウクジラの腸からしか見つかっていない、確率は100頭から200頭に1頭
「52ヘルツのクジラ」
1989年アメリカのウッズホール海洋研究所によって発見されたクジラ
52ヘルツという特殊な周波数の声で鳴く
ヒゲクジラ類10〜39ヘルツ、ナガスクジラ20ヘルツ前後で鳴く
52ヘルツの音波を発する=どのクジラともコミュニケーションが取れない
ハイブリット種?奇形?
クジラの骨格標本の作り方
骨に付着した動物性タンパク質と油脂を取り除く
高温で煮るのがベスト→10メートルを超えるクジラを煮る学術施設は国内に存在しない
発見した場所、その周辺の砂の中に「二夏」ほど埋設し、再び発掘
骨に付着している筋肉をナイフなどである程度取り除く
骨格を埋める穴を掘る:体長10メートルのクジラに対して10×5メートルの底が平らな穴、深さは骨格に1.5〜2メートルほどの盛り土ができるほどの深さ
寒冷紗のようなメッシュ素材のシートを敷き、その上に骨が重ならないように一定の間隔を開けて並べる
全体像を写真に撮り、見取り図を作製
3章 ストランディングの謎を追う
ストランディング:自らの力ではその状況から抜け出せず、身動きが取れなくなった状態
棲息海域や回遊域から大きく逸脱した場所でストランディング→明らかな原因のある場合が多い
夏場の台風や冬場の大しけによって海から岸に向かって強風が吹くと外洋性の個体もストランディング
漁網に絡まったり、漁具に引っかかって漂着
ストランディングの原因
病気や感染症:伝染性の強い病原体であれば一度に多くの個体が命を落とす
餌の深追い:魚類や頭足類を追いかけることに夢中になって浅瀬に入り込み、座礁
海流移動の見誤り:移動時期を見誤る
外貌調査で外因性の原因を探る
混獲:餌を追いかけて網に入ってしまうこと、首や尾ビレに網が絡まったときにつくネットマーク(漁網痕)、口先や胸ビレに刺し網に突っ込んでしまったときにできる裂傷痕
事故:船との衝突や船のスクリューやプロペラによる傷
外敵:シャチや大型肉食ザメ、噛み跡や捕食された痕
感染症:噴気孔や肛門などの天然孔から汚穢色(糞便のような色)の粘液や悪臭、目や口の粘膜の異常、皮膚病
内蔵調査
ノンコ:木製の柄の先に金属のカギがついている、クジラの厚い皮膚や膨大な筋肉を剥ぎ取っていくときノンコで皮膚を引っ張りながら刃物を入れる
クジラ包丁
大包丁:クジラの皮剥きや頭部の切断などの大掛かりな作業に使う
小包丁:背中にある脊椎骨の椎間板を切ってバラバラにする、筋肉を剥ぐ
死因を探る:乳がんやリンパ腫などのがん、インフルエンザ、脳炎、肺炎、膀胱炎、心臓病や糖尿病、動脈硬化等
生殖腺から身体的成熟と性的成熟を探る
4章 かつてイルカには手も足もあった
イルカ:クジラと同じ鯨偶蹄目に分類される「鯨類」の一種
小型のクジラ:体長4メートル以下のクジラをイルカ、それ以上の大きさはクジラ
ハクジラの仲間
海の中で水の抵抗を減らして素早く動くためにサメや魚類のような流線形に変化
推進力は尾ビレ、後ろ肢は退化、前肢はヒレ状にして泳ぐときの舵取り→魚のような外貌
環境に適応する過程である生物同士が偶然その外見や機能が同じになったり似たりする進化=収斂進化
ポーポイジング=イルカ泳ぎ:海面から飛び上がっては潜る、一定のリズムで海面から飛び上がり、その際に息継ぎ→スピードを保持しながら高速遊泳できる泳法
エコロケーション(反響定位):音波を発生させて音の反響によって周囲の状況や餌生物などを探索
メロン:唇状構造物から超音波や可聴帯域の音波を発し、鼻の穴の前にあるメロン(音響脂肪)で音波の方向や強さを調整→下顎で音波を受け取る
マスストランディングの原因
伝染性の強い感染症で群れごと肺炎や脳炎にかかりストランディング
地球規模の磁場の変化による進路の選択ミス
頭蓋骨内に寄生する寄生虫が神経や脳を破壊し、エコロケーションが正常に機能しなくなる
群れのうちの1頭が体調を崩し、群れ全体でその個体の動きをカバーしようとする
体調を崩した1頭が群れのリーダーだった場合、リーダーの動きに合わせて群れが行き先を誤ってしまう
シャチ
レジデント型(定住型):一定の海域や海岸に定住、魚食が主
トランジェント型(回遊型):外洋や沿岸などを定期的に回遊、哺乳類食
オフショア型(外洋型):外洋ばかりにいる、哺乳類食
ビッグママ1頭を中心とした母系社会を形成、一つの群れをポッド→各ポッドの鳴き声に訛りや方言といった癖
ポッド:数頭から十数頭で構成、後尾の季節になるとそれぞれのポッドが大集結してスーパーポッド
5章 アザラシの睾丸は体内にしまわれている
アザラシやオットセイなどの鰭脚類:水陸両用生活
子孫を残すための出産や子育て、休息を岩場や陸地で行う
陸上生活に被毛は体温保持に欠かせない、毎年生え変わる
口の周辺に密集して生えている毛(洞毛):感覚に優れている、仲間同士でコミュニケーション、温度を測るセンサー、空間把握
Bull(ブル):戦いで勝ち残ったオス、メスと交尾できる
性的二型:オスの方がメスよりも圧倒的に体が大きい、戦いに有利
ベルクマンの法則:棲息域が温暖な海から寒冷な海に向かうにつれて体のサイズが大型化する
体調が大きくなるにつれて体重当たりの体表面積は小さくなる
温暖な地域:体温を維持するために放熱を行う→体表面積を大きくするために体は小さい
寒冷な地域:体温を維持するために体表面積を小さくする→大型化する
アシカ科:前肢で上半身を支え、後肢を前方に曲げることができる→陸上生活する時間がわりと長いため
アザラシ科:耳介がない→水中生活に特化したため、遊泳の際の抵抗を減らすため
オスの生殖腺である精巣(睾丸)は腹腔内に収まっている→水の抵抗、バランスが取りづらくなるため
生活のほとんどを水中に移行→後肢を身体の下に折り曲げられない、前肢で上半身を支えることも苦手→陸上では体を屈伸させて移動
胸ビレを極端に小さく、潜水艦のような紡錘形→水の抵抗を極限まで減らす
セイウチ
水陸両用生活に最も適した体型と生活スタイル
底生生物(ベントス)を主食
オスの方が大きく、Bullとなり、ハーレムをつくる
牙:犬歯が発達したもの、オスだけではなくメスも持つ
ラヌーゴ:新生児の時だけの幼体色
ラッコ
陸上でほとんど歩くことができない
前肢に肉球:餌をつかむときに役立つ
毛皮:動物界一の密度、毛皮の外側にある長い硬い剛毛は外からの衝撃や刺激から身体を守る→皮脂腺の油分によって撥水性や強靭性
グルーミング:毛表面を常に健常で清潔な状態に保ち、油分をまんべんなく毛皮の隅々まで行き渡らせる→体の調子が悪くなりグルーミングができなくなると溺れてしまう
6章 ジュゴン、マナティは生粋のベジタリアン
海牛類の正式名称「海牛目」はラテン語でSirenia→セイレーンに由来
主食は「海草」:種子植物、成長に太陽の光が必要→水面から深さ100メートルほどが限界
草食性のため盲腸がある
肺:背側一面に配置、少しの空気を抜くだけでそのままの姿勢で沈むことができる
ジュゴン
浅瀬の海底に生える海草を食むので口の形が下向き
イルカと同じ三角型の尾ビレ→外洋の高速巡航に適応できる
オスに牙
マナティ
海面に生息するウォーターレタスなどを好んで食べることから口の形は直線上
尾ビレは大きなしゃもじ型→沿岸性の急発進加速度型