UIの脱色
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先行研究
EPUBなどの(中身がHTML/CSSの)電子書籍は、表現力がウェブコンテンツと同様ですが、利用者が気分や状況でフォント、文字サイズ、カラー、行間、段組、余白などをチョイスできるようになっています。
記号化、抽象化、意味への漸近
テクスチャを捨てた後に色を捨てている
表現がリッチになったはずなのになぜ?逆行している、先祖返りにも近い
コンテンツとのコントラスト
Material Youは本当に「個性」や「パーソナライズ」のためのフレームワークなのか疑問がある。
iOSのウィジェットとかもそうで、個性を第一目的にはしていないと思う。もしそうならアイコン自由な場所に置けるようにするもん。
そもそも個性は儲からないしビッグテックの理念に反する。これまで数え切れないほどのランチャーアプリ、ウィジェットアプリが個性を演出しようとしては潰えてきた。
iOSのウィジェットは情報量を増やす・常に最新の情報を提示するため。Material Youは色を「揃える」ことでAndroid全体の統一感を増すことを優先していて、じゃあ何色に揃える?という部分のロジックとしてユーザーが選んだ色ということで正当化している。個性を演出するのではなく個性にアダプトする。
色がはみ出ているのが衝撃的。
この「色がUI側にはみ出る」ということについて考えた結果、UIはどんどん「無色透明」(白ではなく)になっていると思ったので記していく。
UIと色について、一番有名な事例はやはり2016あたりのインスタグラムのリニューアルであろう。
このとき真っ白になったのはコンテンツにより注目を集めるためである。
YouTubeのアンビエントモードはこれをもう一歩進めたものと考えることができる。
TikTokの話
UIデザインにおける「意味」の話
背景が白、というのは基本的には紙で文字を読んでいた時代からの引きずりで、白である意味は特にない。紙が白なのは黒地に白インクだと透けてコントラストが落ちがちだから(たぶん)、でもコンピュータには関係ない制限
コンピュータが普及するまではユーザーの慣れ的にあったほうがよかったかもね
実は紙にもかすかに色がついているし背景が白である意味は本当にない
意味だけを求めると最低限はアイコンとテキストになる。抽象化の極地
アクセシビリティ的にも色に意味をもたせるのはそんなによろしくない
歴史を振り返る:テクスチャを捨てた後に色を捨て、無色透明になっている。どんどん先祖返りしているといってもいい
なぜ今なのか?
コンポーネントの考え方の浸透
アクセシビリティに関するノウハウの蓄積(Material You)
ARの話と「アンビエント」コンピューティング
ARには透明なUIが多いので、今の透明化の流れはそれを汲むものでもあるかもしれない。
ARで透明なUIが多いのはハードウェア的必然、ARという概念との相性である
環境に溶け込ませるアンビエントコンピューティングとも相性がいいはず
でもYouTubeのアンビエントモードは、アンビエントコンピューティング的な技術の存在感を消す方向ではなくむしろ逆にコンテンツに侵食させる方向なので不穏。