僕らはどこにも開かない -There are no facts, only interpretations.-(御影 瑛路)
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いつの間にか新装版?改訂版?が出ていたので。てかこのイラスト灰羽連盟描いてる人だよね。
2018/02/11読書開始。
巻頭イラスト、谷原雅人のキャライメージが思っていたのと全然違ってびっくり。もっと怜悧なクールイケメンだと思っていた。柊耕太も若干違う。もっと柔らかい穏やかなイメージだった。(2/11)
柊耕太1。山崎が体育教師ではなく不良三年生になっている。大筋では同じだが細かいエピソードはかなり変わっている模様。それでもやはり、谷原雅人は不良だが繊細で哀しいひと。そのイメージは変わらない。月の下のエピソードが印象的。初版にはなかった。あと柊耕太の特殊能力がより際立って描かれているように感じる。(2/12)
谷原雅人1。この章は改めて読んでもつらい。彼が不良である理由。常人では知り得ぬ世界を知ってしまった彼の哀しさ。類稀な思考力と洞察力を持ち、常識の欺瞞を見抜く力を持っていながら、それを壊すことは叶わなかった人。初めて読んだ時から好きな人物だったが、改めて読むと尚更、寄り添いたいと思える人物。ひとは表面だけでは推し量れない、その奥底に抱える闇までは。そして私はそんな闇に惹かれるのだ。(2/16)
香月美紀1。どうも香月美紀は好きになれない私である。自称魔法使いである以外は普通の恋する乙女なのだが、前章で谷原雅人が指摘した通り、身勝手さが目立つ少女に見える。柊耕太も谷原雅人も特殊すぎるが故に、ある意味「普通」である香月美紀は浮いて見えるのかもしれない。(2/22)
柊耕太2。柊耕太が、秋山秀一が変わっていく。香月美紀だけはそのままで、あとはみんな変質していく。柊耕太の変質度合いが初版より強まっているようにも感じる。秋山秀一の違和感も同様。「なんとなく」ではなく、明らかにおかしくなっているのがわかる。
そして、“殺意が自分にも他人にも向く人間は、命を軽く見ているだけだ”という言葉。これは心に留めておきたい。(2/23)
秋山秀一1。正義を愛したが故に暴走していく男。谷原雅人と秋山秀一、どちらがまともで、どちらが狂っていたのか?いや、どちらもまともで、どちらも狂っていたのだ。ある面から見れば秋山秀一がまともで谷原雅人が狂っている。しかし別の面から見れば、谷原雅人がまともで秋山秀一が狂っている。だから鏡合わせなのだ。全てが重ならず、全てが重なる二人。
そして静かに、暴力的に、復讐は始まっていく。全ては谷原雅人の手の元に。(3/6)
柊耕太3。ふたりの同化、ふたりの敵対。互いに本当の敵が誰であるかに気づいていく。柊耕太は柊耕太ではなくなっていく。群青は絶望の色。相手が谷原雅人だったからなのか、それとも。
“正論を言わなければいけない大人の立場になったわけでもないのに、それを平然と口にできる人間はむしろ歪んでいる”
“俺たちはいつも閉じた世界にいる。同じものを見て別々の解釈をしている”
そう、誰もが自分だけの閉じた世界から世の中を見ている。(3/11)