中空レベルの抽象度
本研究の素材となっているのは、慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)の大学教員13名と小学校・中学校・高校の先生方を合わせた計25名へのインタビューです。得られた知見は、パターン・ランゲージというかたちでまとめています。パターン・ランゲージとは、よい実践事例の背後にある本質的な型=パターンを捉え、ちょうどよい中空レベルの抽象度で言語(ランゲージ)化するというものです。
時間差インタラクション、ラジオ番組というメタファーの利用など、示唆に富む話が多い
パターン・ランゲージは、もともと1970年代に建築家クリストファー・アレグザンダーが住民参加のまちづくりのために提唱した知識記述の方法です。アレグザンダーは、町や建物に繰り返し現れる関係性を「パターン」と呼び、それを「ランゲージ」(言語)として共有する方法を考案しました。彼が目指したのは、誰もがデザインのプロセスに参加できる方法でした。町や建物をつくるのは建築家ですが、実際に住み、アレンジしながら育てていくのは住民だからです。
セルフマネジメント(あるいは知的生産には)、自らがデザイナーとしてプロセスに参加できる言語が必要だ。
「パターン」は、いわば文法のようなものをもっており、決まったルールで書かれます。どのパターンも、ある「状況」(Context)において生じる「問題」(Problem)と、その「解決」(Solution)の方法がセットになって記述され、それに「名前」(パターン名)がつけられる、という構造をもっています。このように一定の記述形式で秘訣を記することによって、パターン名(名前)に多くの意味が含まれ、それが共通で認識され、「言葉」として機能するようになっているのです
Context
Problem
Solution
パターン・ランゲージは、すでに豊かな経験を持っている人から「コツの抽出」をし、他の人が「やってみたくなるヒント集」として提示するという、新しい「知恵の伝承&学び」の方法です。コツを日常の中で「使いながら学ぶ」ことができ、さらに「自分なりの創造」の幅を持って試行錯誤していけるため、良い学びを速く自分らしく積み重ねていくことができます。
「やってみたくなる」「できそうな気がする」という感覚は大切。
あることを成功させるためには、人はたくさんの感覚的な判断を同時にしているものです。「おいしい料理をつくる」「人に想いを伝える」等どのようなことでも、自分が得意な(うまくやっている)ことを思い浮かべると、いかに瞬時に多くのことを考えているかと気付くでしょう。
そのように、優れた実践知とは、大変複雑なものであるというのがまず前提にあります。実践知は、細かな知がひとつの意志のもとで同時に統合して働いており、さらに一つひとつが関連しながら全体があるため、分かりやすく表現することは簡単ではないのです。
パターン・ランゲージを制作する際には、抽出した複数の実践知を様々な角度で眺めて構成を組み替えたりしながら、質感を表しつつ網羅性を持った体系を見つけていきます。受け取り手が全貌を捉えやすくなるような輪郭をつくりながら、個々の要素(パターン)それぞれが実践知を効果的に表せるよう抽象度を整えていくことで、実践のヒントとして扱いやすくなるようにしています。
また、それらを書き下ろす際にも、読み手の心に届き、やってみたいという気持ちが起こるような工夫を多く入れていきます。
かなり難しい仕事が要請される。
例えば、「~した方が良い」というような外からのアドバイスと感じられるような表現よりも「こういうときには、~なので、~します」という主体的な視点で書くことが多いのも、その一つです。
そのように、初めて見る人にとっても分かりやすく、心が動くような表現をしていくことで、抽出された実践知は、読み手の「良くなりたい」「より良くできるようになりたい」というモチベーションに乗る形で伝承されていくのです。
どのような文体が必要なのか、という話。
のように、よい結果を生み出す要素を「言葉(ボキャブラリー)」で表現するために、パターン・ランゲージでは、一定の形式を守って概念を記述します。また、抽出した実践知が正確に伝わるよう細心の注意を払って「名前」を決定し、さらにそれを感覚的に認知してもらえるよう、象徴的なイラストやキャッチコピーのような説明を加えます。のように、よい結果を生み出す要素を「言葉(ボキャブラリー)」で表現するために、パターン・ランゲージでは、一定の形式を守って概念を記述します。また、抽出した実践知が正確に伝わるよう細心の注意を払って「名前」を決定し、さらにそれを感覚的に認知してもらえるよう、象徴的なイラストやキャッチコピーのような説明を加えます。
「一定の形式がある」ということが重要なのだろう。
あと、口にのせやすい表現であることも重要。
知の伝承方法にはいろいろな方法がありますが、パターン・ランゲージは、目指す方向性を掲げる「ミッションの提示」と、行動を追うことで誰でも間違いなく再現できるようにする「マニュアル(手順書)」の間にある方法と言えます。この3つは目的が違うもので、パターン・ランゲージは「その方向に向かうために、自分はどうしたらよいのか」を考えるための素材となり、ミッションとマニュアルをつなぐ「中空の言葉」と表すことができます。
ミッションとマニュアルの間にあるもの。
人間は、何かを把握したり、モデル化をしたりするときに、必ず「抽象化」をしています。日常生活でも学問をする上でも、抽象化はとても重要なのですが、さらにそれを押し進めると、SFCらしい、そして井庭研らしい意義に到達します。それは、各ディシプリン(学問分野)に埋め込まれてしまっている概念や理論、方法を、別の分野で活用したり、新しい発想を生み出すために使うことができるという点です。いわば、「越境の翼」としての「抽象化」です。>
「社会・経済シミュレーションの基盤構築:複雑系と進化の理論に向けて」(井庭崇,博士論文, 2003 (夏休みの課題2009抜粋版))
『複雑系入門:知のフロンティアへの冒険』(井庭崇, 福原義久, NTT出版, 1998)
『複雑な世界、単純な法則:ネットワーク科学の最前線』(マーク・ブキャナン, 草思社, 2005)
『オートポイエーシス:第三世代システム』(河本英夫, 青土社, 1995)
『社会システム理論(上)』(ニクラス・ルーマン, 恒星社厚生閣, 1993)