セルフ・ドキュメンテーション・カルチャー
SDC
あるいは、セルフ・ドキュメンテーション・ハビット(SDH)
どちらも同じようなもの。
文化とは慣習であり、個人で言えば習慣だから。
ドキュメンテーションとは、「文献や資料・証拠書類などを提示すること。 また、情報を収集して整理・体系化し、記録を作ること。 文書化」「何かを実証するために、あるいはコミュニケーションのために、ある情報を文書(ドキュメント)で表すことである」
ドキュメンテーションとは - コトバンク
ドキュメンテーション - Wikipedia
個人の生活において、すべての空の思惟で済ませるのではなく、それらを書き留め、可能であれば文章化し、必要とあれば参照できるよう、indexないしアクセスのためのルートを整備・維持しておく活動のこと。
→セルフ・コミュニケーションの一環である。
それがつまりノーティング、ということ。あるいはノーティングをより包括的な視点で見た場合の一つの目的とも言える。
『すべてはノートからはじまる あなたの人生をひらく記録術』
『TAKE NOTES!――メモで、あなただけのアウトプットが自然にできるようになる』
以下の連続ツイートを受けて。
https://twitter.com/rashita2/status/1449714552224956424
ぶっちゃけノートツールはなんだっていい。EvernoteでもNotionでもScrapboxでもObsidianでもWorkFlowyでもDynalsitでもRoam Researchでもなんだって構わない。アナログのノートでも十分だ。なんなら最初はいろいろ触ったほうがいいことすらある。ただ、それよりも大切なことがある。
それは日常的にノートを書くことだ。ノートを書いて考え、考えるときにノートを書くこと。気になった事を書き留め、調べたことを書き留め、思いついたことを書き留めること。そういう行為をまず日常的に行えるようになること。梅棹風に言えば、そういう風に自分を「しつける」こと。それがスタート。
新しいツールの使い方やメソッドを勉強したとしても、基盤となる「日常的のノートを取る」習慣が確立されていなければ、あんまり役には経たないだろうし、屈折した挫折感が生まれることもある。だからそうした情報はほどほどに目を向けるくらいにして、まずノートを手に馴染ませること。