カレー屋さんの誤謬
一軒のカレー屋さんがありました。個人経営のカレー屋さんです。
外食産業の競争が厳しくなる中、そのカレー屋さんの売り上げも最近落ち込み気味でした。なんとかしなければ。そんな危機感を抱いていたところ、名のある経営コンサルタントのセミナーに出席できる機会に恵まれました。そこでは「利益を確保しましょう。つまり、経費を削減するのです」というありがたいアドバイスが。
早速、彼はいかにして経費を削減するかを考え始めました。「答えは身近なところにあります。観察することが大切です」 あのコンサルタントの声が脳裏に浮かんできます。
真面目な彼は言葉通り、いろいろなものを観察しました。
そして、あることに気がつきました。
お客さんが食事を終えたカレー皿には、結構な量のルゥが残っていたのです。今までは、ほとんど見過ごしていましたが、綺麗にルゥを食べきっているお客さんの方が少ないくらいです。
彼はさっそく一回り小さいお玉を用意し、ライスにかけるカレーを少なくしました。一杯あたりは僅かなものですが、一日トータルでみればバカにならない量のルゥが削減できます。つまり、経費がさがり、カレー一皿あたりの利益が上がるのです。
そんなそろばんを頭の中で弾いていたところ、それまでにもまして客足が悪くなってきました。日に日に、お客さんが減っていきます。それも、毎週のように来店していたお馴染みのお客さんの顔が消えているのです。
彼は頭を抱えました。
悩みに悩んだ末、商店街を歩いていた「馴染みだった」お客さんに、直接聞いてみたのです。なぜ、来店されなくなったんですか、と。
お客さんの答えを聞いて彼は驚きました。
「いや〜、おたくのカレーね。あのたっぷりのルゥが魅力だったんだよ。他のカレー屋って、ライスとカレーの量に注意しながら食べなければいけないんだけど、おたくのカレーはそんなこと気にしなくてもよかったんだ。わりと自由に食べられて、ちょっとした贅沢気分を味わえてた。だから、少し値段が高くても、よく利用されてもらってたんだ。でも、最近ルゥが減って、ギリギリになっちゃってたから、これだったらチェーン式のカレー屋でも変わらないかな、なんて思うようになっちゃって……」
お店に帰った彼は、小さなお玉とコンサルタントのパンフレットをゴミ箱に投げ込み、お客さんの贅沢気分をいかにすればより満足させられるかを考え始めました。 おしまい。