『置き配的』
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出版社 : 講談社
発売日 : 2025/11/20
ISBN:4065401372
コロナ禍以降、社会は置き配的なものとなった――
「紀伊國屋じんぶん大賞2025 読者と選ぶ人文書ベスト30」の1位に輝いた気鋭の批評家が放つ最初にして最高の2020年代社会批評!
群像連載の「言葉と物」を単行本化。酷薄な現代を生き抜くための必読書!
「外出を自粛し、Zoomで会議をし、外ではマスクを着け、ドアの前に荷物が置かれるのに気づくより早く、スマホで通知を受け取る。個々人の環境や選択とはべつに、そのような生活がある種の典型となった社会のなかで、何が抑圧され、何が新たな希望として開かれているのか。そうした観点から、人々のありうべきコミュニケーションのかたちを問うこと、それがこの本のテーマです。(中略)
つまり、狭義の置き配が「届ける」ということの意味を変えたのだとすれば、置き配的なコミュニケーションにおいては「伝える」ということの意味が変わってしまったのだと言えます。そして現在、もっとも置き配的なコミュニケーションが幅を利かせている場所はSNS、とりわけツイッター(現X)でしょう。保守とリベラル、男性と女性、老人と若者、なんでもいいですが、読者のみなさんもいちどは、彼らの論争は本当に何かを論じ合っているのかと疑問に思ったことがあるのではないでしょうか。
(中略)置き配的な社会を問うことは、書くことの意味を立ち上げなおすことにも直結するはずです。」(本文より)
目次
序文
第1回 郵便的、置き配的
第2回 出来事からの隔離生活、あるいは戦争の二重否定
第3回 「たんなるパフォーマンス」とは何か
第4回 ネットワークはなぜそう呼ばれるか
第5回 フーコーとドゥルーズの「言葉と物」/青森で石を砂にした話
第6回 いま、書くことについて
第7回 置き配写真論、あるいは「コンテンツ」時代の芸術作品
第8回 ポジションとアテンション
第9回 サイボーグじゃない、君は犬だ、と私は言う
第10回 私でなくもない者たちの親密圏
第11回 暴力的な平等性と創造的な非対称性
2026/2/12 購入・読みはじめ
序文
置き配的→情報技術
作品をつくる、日記を書く
ZINE、庭
第1章 郵便的、置き配的
A-1 言行一致がロックをかける→いかにそれをはずすのか?
B-1 郵便的不安の悪魔払い→責任の終わり
A-2 批評は二次的な言説、からはじめてみる
ジャンルレスネス→モードレス
第2回 出来事からの隔離生活、あるいは戦争の二重否定
B-2 "店舗は工場と見分けがつかず、客は端末と見分けがつかない"
提喩化の技術
A-3 "いまや誤解の余地がないのはハッシュタグに圧縮された大きな物語くらいだ"
B-3 リスク社会(ウルリヒ・ベック)
"出来事"のフォーマットを解体すること
置き配的→ポジショントークの言い換え
第3回 「たんなるパフォーマンス」とは何か
A-4 ”問題は批評の存亡ではなく感想の存亡であり、立ち上げなおすべきは批評空間ではなく感想空間である"
パフォーマンスという言葉
言語は身体的であり、しかし身体は言語にくみつくされるものではなく、言語もまた身体から"はみ出ている"のではないか?
B-4 センスの欠如→つねに〜〜しないではいられないこと
A-5 カンタン・メイヤスー「強い相関主義」
→「言えない」という絶対性
"かもしれない2
「言えないに」にしても、は可能だろうか?
第4回 ネットワークはなぜそう呼ばれるか
B-5 デス・ストランディング
ネットワークプラットフォームの完成
"乗り越える" ←→"手入れする"?
"一致"の異なり、真偽・適切さ
B-6 サイバー"スペース"と呼ばれること
「経路」とその集合としてのネットワーク