「自分」の道具化
人は
道具
を作る動物である
自分で自分を作る(
セルフマネジメント
、
自己のテクノロジー
、
自己実現
) が西洋近代の主流
個人主義
・
自己責任論
への流れ
道具(
テクノロジー
・
メディア
)は自己拡張という
マクルーハン
的なものの見方。
これらの流れが合わさると、自分が自分という道具を作っている、という風に見立てられる
ただ生きるという目的性が剥離された状態ではなく、何かのために、自分を使う、という考え。
『夜と霧』
との相違点は何か?
理性主義
と
啓蒙思想
神が死に、個人の自由が謳われた
何のために生きるのか?
自分のため、という循環
言葉
や
知識
という
道具
はどうか?