「v牧師」
入室者あり。IDチェック開始。login code:12a98eqge12f36qrhq3取得
一人の男が室内に足を踏み入れた。それほど大きい部屋ではない。
データベースにアクセストライ……success。パーソナルデータをロード開始
部屋は薄暗く、先の方は見えない。それでも男は前に向かって歩き出した。動揺と確信が入り混じった、不思議な歩みだった。
入室者がサークルに接触。リアルタイムスキャン開始。身体データをappend
部屋は見えないカメラに囲まれていた。男は気にしなかった。部屋の外だって同じことだ。
心拍数異常なし,発汗異常なし,瞳がやや混濁、軽度の薬物摂取の可能性あり
男が一番奥まで辿り着くと、何もなかった空間に一人の男が現れた。老年で白い衣服を身に纏っている。その輪郭線はわずかに揺れていた。立体フォログラフィーだ。
「どうされましたか」
深く響く声が立ち止まった男の耳に吸い込まれていく。今まさに求めていた声だった。
「主との約束に背き、また薬物に手を出してしまいました」
キーワード"また"により、入室ログへのアクセスをCall。結果を牧師オブジェクトに引き渡し
「そうですか」と牧師はゆっくり話し始めた。
言語解析終了。パターンマッチによる説教文を生成
「三度、あなたは主との約束を破られた。しかし、何も心配することはありません。主は我々の弱さを知り、その上で愛してくださっています。あなたも心から懺悔なさい。そこに愛の手は必ず差し伸べられます」
男は喜びに打ち震えていた。バーチャル牧師の口からこぼれてくる言葉一つひとつが情愛に満ち溢れ、心に染み込んでくるようだった。心にツボというものがあるなら、今まさに俺はそれを押されているのだなと男は感じた。男の心は洗われていった。
バーチャル牧師は疲れも知らず、眠ることもなかった。これまで訪れたすべての懺悔者についての記録を持ち、あらゆる状況に合わせた説教文を生みだすことができた。しかし、人の悩みなど限られているので、その本領が発揮されることはほとんどなかった。大抵は過去のパターンのアレンジで事足りた。
むしろバーチャル牧師は、その見た目や話し方こそが重要なのだと学習していた。まったく同じ文言でも、見え方一つで、言い方一つで、懺悔者の脳波は変わってくる。彼ら彼女らに適切な落ち着きを与えるために、何千回ものA/Bテストが繰り返された。結果、いくつかのアバターが追加され、訪問者に応じてフォログラフィーは変えられた。
バーチャル牧師は、我欲もなく、それを満たすために信者を利用することもなかった。誰にも個人情報を漏らさず、怒りに飲まれることも、共感に過度に引き込まれることもなかった。
ひとときの懺悔ののち、男は晴れ晴れとした顔で懺悔室を後にした。
データベースの更新。IDログおよびテンポラリーなパーソナルデータの削除。待機状態に移行
すでに立体フォログラフィーは消えていた。