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<title><![CDATA初投稿]></title> <pubDate>Sat, 06 Mar 2004 14:22:00 +0000</pubDate>
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<content:encoded><![CDATA[ドブログにて初投稿をする。これでブログは4つ目だ。<BR>いろいろな機能を試してみようと思う。<BR><BR>これからどんどんとブログというのは普及していくだろう。高速回線が一般家庭に普及する中で、インターネットというのが日常生活の中に取り入れられるようになってくる。<BR><BR>参加する人間の数が多くなってくるとその中にもうひとつの社会が生まれる。それは必然的な流れだ。<BR><BR>そこには交流があり、廃絶があり、偏見があり、救いがある。もちろん自己表現もごく普通に行われるようになるだろう。<BR><BR>いままで、Webサイトといえば何か特別な情報を発信するための装置であった。<BR><BR>しかし、ブログはあくまで、個人的な感想といったものがメインになってくる。これは世の中に蔓延する情報をある種のナイフで切った切り口を見るようなものだ。<BR><BR>あらゆる観点があり、あらゆる感想がある。<BR>同じような感想を持つ人間が、コミュニティーを築くかもしれない。<BR><BR>これらのことはオフラインの社会で行うよりははるかに容易であり、また無料でもある。<BR>参加する敷居は低い。<BR><BR>しかし、それが故に無責任な発言も流布してしまうだろう。故意の嘘をばら撒く人間もでてくるだろう。<BR><BR>そういった現象はもう少しずつ始まっている。<BR>そこでは情報の真偽を自分で判断でしなければいけない。<BR><BR>日本では国民は政府に手厚く保護されていた。<BR>その社会の中では自分自身で何かの価値観を決める必要はあまりなかった。<BR>その名残が改革しきれずに続いている。<BR><BR>しかし、ネット社会では自己判断の原則が少しずつ広まっている。政府の規制など必要なく世界のありように合わせて規制が少しずつできていく。<BR><BR>それが人間というものなのかもしれない。<BR>結局のところ政府が行うべき規制はごく限られたものなのだ。もちろん犯罪が起こりそれの被害もでるだろう。<BR>そういったときに、「全面禁止」的措置をとるのではなく、いかに国民が考えて行動するか、という方向にもっていくのが本当の意味での「小さな政府」であろうと思う。<BR><br><br>
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