PoICではなぜ4つのカードをタグ付けするのか?
from:/choiyaki/20251220日誌
私たちが扱う情報において、性質の異なる4つのタイプを見出せるから
性質が違えば、役割・扱い方も異なる
PoICの4カード
記録(活動の記録)
発見(自分の頭から生まれた情報)
GTD(活動の予定)
参照(自分の頭以外から生まれた情報)
客観/主観、内的/外的、純情報/活動、過去(結果)/未来(予定)といった切り口で処分できる。
記録は自分の思索の手前にある認知・認識で(ある程度)客観的な情報。基本的には過去。倉下の言い方ならログ
ログは、素材になるが、変容はしない
思い違いはあるが、価値観の変容は起こらない(修正はあっても、リビジョンはしない)
「データ」
発見は、知的生産の根底にあるもので、いきなり思いつくこともあれば、記録・参照・発見を見返して思いつくこともある
発見から発見が生まれることもあるので、これは成果物でもあり素材でもある
すべては断片である
GTDは、行為に関する情報で、オブジェクト性が強い(他と交じり合って変化はしない)
GTDレベルにまで落とし込まれた「やること」は、基本ただ実行されるだけ
終了したGTDカードはある主のログ性を帯びる
また、「自分の活動を変えていきたい」という思考に関しては、発見の素材ともなりうる
参照は、外部情報のリソースで、後から間違いなく参照できるようにすること、自分の思いつきとそうでないものを区別することなど、文章を書く際に非常に大きな役割を持つ。
参照と参照、参照と発見、などから新しい発見が生まれることもありうる。
一般的な運用であれば、これらは異なる箱に収められていることが多いが、それを一つの箱に入れ、しかし時間的な区切りを導入することで「箱がいっぱいすぎてどうしようもない」という認知的限界に有限性のメスを入れているのがPoICの特徴。またカードボックス上でタグ(マーク)が識別できるので、同じ箱に並んでいながらも、部分的に「違う列」という感覚を生み出すことができる。
通常のテキストでも、絵文字などを付与すれば似た効果(同じ箱に並んでいながらも、違う列という感覚)を生み出すことはできるだろう
🔎📝✅💡
✅カードタイトルA
📝カードタイトルB
✅カードタイトルC
📝カードタイトルD
💡カードタイトルE
✅カードタイトルF
✅カードタイトルG
🔎カードタイトルH
一列に並んでいると同時に、複数の列が内在しているように「見える」
絵文字抜きならどうか
リゾミックツリー風(かたまりごとにアウトライン化)
カードタイトルA
カードタイトルC
カードタイトルF
カードタイトルG
カードタイトルB
カードタイトルD
カードタイトルE
カードタイトルH
テーブル風(インデントの深さをtypeに見立てる)
インデントなし(タスク)1(記録)2(発見)3(参照)
カードタイトルA
カードタイトルB
カードタイトルC
カードタイトルD
カードタイトルE
カードタイトルF
カードタイトルG
カードタイトルH
逆に何も付与されていないリストは、やはり「重い」(脳が一度に処理しなければならない情報量が多い)
カードタイトルA
カードタイトルC
カードタイトルF
カードタイトルG
カードタイトルB
カードタイトルD
カードタイトルE
カードタイトルH
単に分類するためでなく、把握したい要素でタグづけする
一列に並べてみることで、瞬間よりも大きく捉えられるようになる
たとえば、昆虫学者が目の前の昆虫を学術的に分類するぞ、というのと同じ気持ちでタグづけするのではない。
それをやりはじめると際限がなくなる
自分の役立つ区分で、それを導入することで新しい知見が増える(それも把握したいと考えている知見が増える)ものを見出す
たとえば私は「検討したいこと」をよくメモに書くが、これは発見なのか、GTDなのか、記録なのかが判然としない。というよりも、それだけを特別に取り上げて一覧したい気持ちがある。
そうした気持ちから、自分なりの分類・整理法・方法が立ち上がってくる
https://gyazo.com/1cfae3dda64f28e598a9f1b2e73f32e4
天才的な発明
/choiyaki/20251221日誌
/choiyaki/infoboxの文芸的データベースで、デイリーに書いたことの傾向を可視化する
デイリーに書いてる各行にアイコンを書き添えておけば、文芸的データベースで一覧できる。
ページのタイトルではなく、各行という発想がよい
こういう風に一列に並ばざるを得ないときに、アイコン(絵文字)の威力が出てくる
#ideaなどとやるよりもはるかに直観的
テキストで書き込んでいるときは、インデントなり何なりをつける方がシンプル
それにしてもinfobox機能のすごさよ