飛躍の思想
飛躍とは何か
跳躍
躍動
飛翔ではない
ホップステップジャンプ
賭けにでること。
直感と論理
水平思考と論理思考
論理と直観
「飛躍しすぎ」という言い方があるが、つまりしすぎでない飛躍があり、それはネガティブなものではない可能性がある。
論理が連続だとすれば、直感は飛躍だろう。というか、論理から見れば飛躍となる。そうしたものを扱う思想。
直感は連続ではないが、無秩序でもない。その間に手を伸ばす。
発端
たとえば、記事に書くことをアウトライナーにつらつらと箇条書きしていく中でエンジンが暖まってきたらテキストエディタに移ってその箇条書きとぜんぜん関係なく一行目を書きはじめる。それで文章が書けるなら何も問題ない。そこはプラグマティックでよい。
というか、ノウハウは半分かそれ以上はプラグマティックな姿勢であることが基本だろう。フォルマリスティックで実際が伴わないなら、ノウハウとしては機能していない。
という話の一方で、ある種の儀式性が安定に役立つことは間違いなくある。人間の脳はそのように環境に適応していくから当然であろう。つまり、フォーマットを持ちつつ、しかしそれを逸脱できることが重要なわけだ。私たちにとって重力が生活を支えるものでありながら、ジャンプもしたいのと同様に。
これを「シェイク」の概念に並べて「ジャンプ」と呼ぼう。ジャンプは重力に(一時的に)逆らうが、宇宙速度で脱出したりはしない。