結城メルマガYMM521の感想
著者としての決断
結論を明確に書かずに読者に委ねてしまう心理、読者に対する甘えの態度は、文章のあちこちに影響を与えてしまいます。たとえば、文章の冒頭で要点を提示できずに言い訳から入ってしまうこと。一つ一つの主張が曖昧になってしまうこと。どちらの意味にも取れる要素が残り、意味に含みを持たせているために主張がぶれて聞こえること。
先ほどは「読者に甘える心理」と表現しましたが、「自分の考えを主張することに対する恐怖心」や「責任回避する心理」ともいえます。
著者としての役割は文責を追うこと。
慎重をきすために、「Aであるが、Bの要素もあるし、Cの可能性もあるし、Dという意見もあって、Eであってもおかしくない」みたいなことを書けば、著者としては安全ではあるが、しかしそういう言説を読み手は聴きたいわけではない。
正確さの指向は必要であっても、そもそも意見には誤謬がつきまとうものなのだから、そこはずばっと意見を表明することが必要。
自分の意見の責任を、自分で引き受けること。
そこに文章としての価値が生まれてくる。
本番書き
いまの最前線をどうするか決めて先に進まないと、文章の各部分が整合するかどうかの判断ができません。しっかり決めてから先に進む。そうすると、整合しているかどうかが判断できます。整合していたらHEREを先へ進め、整合していなかったらHEREを戻して考え直す。
ある部分を固定するからこそ、他の要素が考えられるようになる。
固められた要素は有限化された要素であり、つまりは「制限」なのだが、それがあるからこそ、僕たちは前に進むことができる。
執筆の最前線
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“Completely Automated Public Turing Test To Tell Computers and Humans Apart” すなわち、「コンピュータと人間を識別するための、完全に自動化された公開チューリングテスト」