結城メルマガYMM495の感想
自分の図書館のイメージ
もし結城先生が自分の図書館を作るとしたら、どのようなコンセプトにしますか。
なんとなく「迷路のような図書館」というのをイメージした。
公共の図書館ではない、という前提。
どこにどんな本が置いてあるのかがはっきりとしない図書館
ぐるっと歩き回るしかない。
まったくランダムに配置されているわけではなく、何かしらの文脈があるが、日本十進分類表(NDC)区分表にはしたがっていない。
棚は高い。見上げるほど高い。脚立が必要なほど。
ドン・キホーテみたいな棚作り
本と巡り合うための場所、という感じか。
作業ログ
作業ログが教えてくれること
倉下も作業ログを公開しており、この効能についてはメルマガ一回分くらい書ける。
倉下忠憲のサークル|倉下忠憲
とりあえず一日を流れるように進める(≒気がついたら一日が終わっている)のではなく、作業毎に足を止め、自分がやってきたことを書き留めておくことの効果は高い。
でもって、一日の最後にその日の振り返りを数行でも書けばさらに効果は高まる。
これを「共有」しているので、さぼり難いという側面も大切。
好きと得意
お気持ちはわかりますが……「好き」と「得意」はもともと別のものですから、「好きなことが得意ではない」としても「好きという気持ち」をあきらめる必要はないと思いますよ。
一時期「自分の好きを仕事に」みたいな言説が溢れたせいなのか、これが合致していないとすごい損失であるかのように捉えられるのが増えたのかもしれない。
「好き」は好きで趣味でやっていってもぜんぜん構わないし、そういう人はたくさんいる。
それに人間は変化していくもの。
あまり「好き」ではない仕事であっても、やっているうちに「好き」を見つけることもあるし
「得意」でないことも、経験を積むうちに「得意」になっていくこともある。
ある時点の自分の「確信」をあまり信用しすぎないこと
だいたい情報不足のことが多い
人と違う道を行く
人と違う道を行くことが、これほど不安になるものだとは思っていませんでした。自分の気持ちは確実に「経済学をもっと極めたい」という方向に向いているのですが、「現実問題…大丈夫?」というところでストッパーがかかってしまいます。実のところ、私は誰かに背中を押してほしいだけなのかもしれません。
倉下はだいたい18歳くらいのときから人と違う道を歩いてきた「アウトサイダー熟練者」ですが、だいたいいつも不安が付きまとっています。
この仕事が後何年続けられるかなんて、まったく保証がありませんし、そもそも来月入ってくる収入すら不明です。
10年フリーランスをしたからといって、不安から解消されることはありません。
でも、不安と並走しながら10年間この仕事を続けることはできた、という一つの事実はあります。
新しいチャレンジにはだいたいにして不安が付きまとうものなので、それを消そうとするよりも、不安でありながらも、現実的にできること、そして心配しても仕方がないことなどを見極める(ラインホールド・ニーバーの祈り)ことに注意を向けるのが良さそうです。
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