結城メルマガYMM450の感想
「この関数を調べよ」
高校ならではの数学といえば、何といっても微分と積分、いわゆる微積分でしょう。中学では、これを計算しなさい、これを証明しなさいということが中心でした。高校で微積分を学ぶと「この関数を調べよ」「こういう式で表される関数はどんなおもしろい性質を持つか自由に考えよ」といった問題を扱えるようになります。
一応理系だと思うし、高校で数学の授業を受けた記憶もあるけど、こうした違いには気がつかなかった。これを読むと、高校数学はとても楽しそうに思える。
プライベートな連絡
仕事やプライベートで会って自己紹介し合った人々が、誰もその後でプライベートな連絡をくれません。本当に「誰も」なのです。
だいたいそうなのでは。
僕も、Twitter経由で仲よくなった人以外、プライベートな連絡をもらった記憶はほぼない
Twitterはそもそもがプライベートなやり取りをいくぶん含んでいるから例外かもしれない
妻も僕に比べればはるかに社交的で誰とでもすぐ仲よくなるけど、そこからプライベートな連絡に発展しているのをほとんど見たことがない
夫婦の落とし所
そのため、二人の納得のいく妥協点を探したいのですが、うまくいきません。
質問者が何を欲しているのかが少し掴みづらい。
ちなみに、rashita.iconは極めてドライで嫉妬心は皆無である。しかし妻は多少そういう側面があるかもしれない。
で、何か問題が起きているかというとまったく起きていない(15年)
妻が職場の同僚と飲み会にいっても、私は1ミリも気にしない。
私は私で、あまりそういうお出かけをしない。
ここから導き出せる教訓は何か。
何もない。
二人がうまくかみ合う性格だった、というだけ。
でもたとえば、妻が私にあまり飲み会とかいかないで欲しいと言ってきたら、(自分が出かけるのが好きでも)たぶんそうすると思う。
一方で、自分が妻の行動が気になっていたら、一応その考えは伝えると思う。そして、一つひとつの行動について着地点を探すと思う。
そういうことの繰り返しで、関係を築いていくしかない気もする。
素直さとひねくれ
結城さんの活動を見ていると、素直さは学ぶ上で大事なのかと考えます……。
自分はひねくれてるので、物事を疑うことで学べると思っていました。学ぶ上では懐疑が大事なので。
でも、そのうちに、素直に学ぶことが苦手になってしまったようです。斜に構えるクセがついて素直に始められないし、言い訳ばかりを考えています……。
僕は生粋のひねくれものなので、学ぶ上の懐疑の重要性はよく理解できる。
少なくとも、自身の無知を疑えなければ、何かを学ぼうとは思えない。
しかし、あるときそれが容易に虚無主義につながることに気がついた。
→デカルト
よって、性向をまったく変えないで状況を打破するには、「斜に構えている自分に対して斜に構えること」。こうすると、一見まっすぐに見えるけどその実は異なる(一度曲げたパイプを曲げて戻すとどこか歪んでいる)となる。
上は修辞的な言葉遊びだが、ようするに「仮にこれが正しいとする」とか「素直になったふりをする」という感じで慣らしていけばいい。
一気に性向を変えようとするのは、無理が大きい。
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