結城メルマガYMM443の感想
つまり、数学を研究している大学院生や教授には数学でかなわないということを意味していると判断してもよろしいでしょうか。この仮定を踏まえた上でお聞きしたいのですが、結城先生にとって数学とはなんでしょうか。
結城先生の返信を読む前に、まず自分で考えたことを書いておく。
なんというか「かなうとか、かなわないとかは、どうでもいいことじゃないかな」と感じた。
自分がそれを面白いと思えるか、楽しめるのかがまず重要で、その後、それで新しい価値を生み出せるならなおよい、という感じ。
hogehogeにかなわないから、自分にとって対象の価値がなくなる、というのは、ちょっと自分では思いつかない感触だだった。
僕にとって文章を書くことや、考えることについて考えることは楽しいことだけども、それで「名を成す」ようなことはないだろう。ノーベル賞文学賞どころか、知名度の高い新人賞を取れることすらない。でも、自分はそういうことが好きだし、さいわいそういう僕の活動に一票を投じてくれる人がこの世界には何十人かいる。
もう、それ以上のことは望めないくらいに幸福なことだと思う。
こういった体験からわかるのは、(1)の「おもしろい」と感じたところでやめてはいけないということ。(2)みたいに直しを適切に重ねて、自分の頭の中の理解を文章に移すべきだということ。そしてまた(2)で直しているうちに「当たり前」に見えるようになったからといって、あわてて削除してはいけないということ。
時間を置いて見返すことの価値。
特に重要なのは、上がったり下がったりする、ということ。
変化の傾きは一定ではない。
時間を身につけることは、短期の波に強い影響を受けすぎない、ということかもしれない。
長いスパンで捉えると、もっと大きな傾向に身を任せられる
◆Zenn|プログラマーのための情報共有コミュニティ
https://zenn.dev/
少し違うが、前に考えた「githubを使った文章サイト」を思い出した
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