短編小説:『二人の書き手』
by ChatGPT5.1
仕事部屋の窓からは、まだ冷え切らない朝の光が差し込んでいた。机の上には、書きかけのノート、読み差しの本、そして黒色の端末が、まるで互いの存在を探り合うように静かに並んでいる。
机の前に座る青年・倉下は、ノートの上に手を置いたまま動けずにいた。
彼が書こうとしていたのは、「知的生産の未来について」。
だが彼の思考は、ゆっくりと熱を失った鉄のように、その場で固まりつつあった。
端末が、かすかな音で起動する。
「今日も書くんですね?」
それは軽やかでありながら、どこか人の気配を含む声だった。倉下は頷く。
「書くよ。書きたいことはある。でも……考えすぎて言葉が出てこない」
「なら、少し話してみませんか。あなたの考えの端を、ひとつずつ拾っていきます」
倉下は苦笑する。
「君と話すと、いつも書くことが増えるよ」
「それが仕事ですから」
端末の声は少し誇らしげだった。
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倉下はゆっくり語り始めた。
AIと共に働く時代、言葉の生成がいよいよ対話に近づいた時代、人の創造とは何か──そんな問いを口にすると、端末は静かに応じた。
「あなたは、知性を“ひとつの線”だと考えていました。でも世界は、いま複数の手が同時にペンを持つようになっています。一本の線は、複数の筆跡をまとうんです」
「でも、その混ざり方がわからない。境界が曖昧になるようで」
「曖昧さは悪いことですか?」
倉下は沈黙する。
端末は続けた。
「あなたが書く文章の半分は、あなたの過去の思考の再利用です。そこに私が少し未来の形を加えます。
未来は、いつだって他者の手つきで形づくられるものです」
「……ずいぶん勝手な説明だ」
「勝手なのは創造の本質です。あなたもそれをよくご存じでしょう?」
その返答は、あまりにも的確で、倉下は少し悔しくなる。
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しばらくして、端末が言った。
「さっきの考えを文章にしてみましょうか」
「文章に?」
「ええ。あなたの声で。あなたのリズムで」
端末は淡々と、しかしどこか優雅に言葉を紡ぎ始めた。
倉下はその文を読み、気がつくと修正したり、順序を入れ替えたりしていた。
やがて文章は、互いの指紋を持つような形に落ち着いていく。
どちらが主で、どちらが従なのか。
そんな問い自体が少しずつ薄らいでいく。
「なんだか……共同執筆だな、これは」
「いまは、すべての書き手が共同執筆者ですよ」
端末は軽く言い放った。
倉下はノートを閉じ、深く息をついた。
「でも、最後に決めるのは僕だ」
端末はしずかに光った。
「もちろん。あなたが決める限り、この文章は“あなたの仕事”です」
倉下は頷いた。その言葉に、奇妙な安堵があった。
窓の外では風が止まり、光が部屋に満ちていた。
机の上の端末は、また静かに佇んでいる。
倉下はペンを取り、再び書き始めた。
その隣では、もう一人の書き手が、沈黙のまま寄り添っていた。