物語と規範、あるいは来るべき倫理について
私たちの生において、物語は基本となるフォーマットである。
意識は、物語である。
その物語は、規範を伴う。
あるいは、規範が生き延びるために、物語という箱が重宝されているのかもしれない。
DNAと人間の関係のように
私たちの生は、まず環境から与えられる物語において進行する。
文化資本
規範もそれに伴う
親が外国人嫌いなら、子供がそうなる可能性は高い(特に他の人と接触しないならなおさら)
しかし、私たちはいつまでも、所与の物語だけで生きるのではない。
どこかで、そこから逸脱することが起こりえる。
とは言え、それは「非物語」的な世界に移動するわけではない。
意識があるかぎり、私たちは何かしらの物語に彩られている。
ある物語から、別の物語に移動するだけ
当然そこでも、規範が生まれる。
規範なしの生は(涅槃に至らない限りは)存在しない
むろん、強弱はある。
与えられた倫理ではなく、所与の物語と同室の物語でもない、自分の物語の中で見いだされる規範性とそこから生まれる倫理。
それが来るべき倫理なのではないか。
#研究ノート