個人の確立、自我と責任の重さ、そこからくる自由からの逃亡、あるいは限定的なコミットメントという流れはわかるとして、そこで止まるとやっぱり閉じてしまう。
個人としては楽な立ち位置だが、不快なものについては
疎外
、ないし無関心という結果になるわけで。
#エッセイネタ