シラスについて
【東浩紀】ありがとうございます。チャンネル数は予定通りにいけば、今年中に30チャンネル近くになります。当面の目標は、チャンネル数で100以上、登録会員数は10万人以上です。既存の動画プラットフォームに比べて、少ない視聴者数でも高い収益を上げられるモデルになっているのが特徴です。
でもその5万人が1カ月に1万円使ってくれたら5億円です。年間で60億円。ところが、現在の出版社は、人文系の本は儲からないとあきらめている。漫画など別のところで稼いで、出版社としての格を上げるために人文系の本を出すと割り切ってしまっている。だから、読者のコミュニティを育てようという感覚がない。でも本当にコミュニティをつくれば、その人数でも十分力になるんですよ。
【東】ゲンロンの動画配信は、ニコニコ生放送で2013年にスタートしました。また他方で「ゲンロン友の会」といったコミュニティも10年間運営してきました。そのベースのうえに昨年10月にシラスを立ち上げたわけですけれど、正直なところ予想以上の反響がありました。
この1年で改めて感じたのはコミュニティの大切さです。配信者と視聴者がともに作るコミュニティですね。
シラスは「完全コテハン制」が特徴のひとつで、ユーザーは固定のハンドルネームとアイコンを登録しています。だから、番組中にコメントを書き込むと、だれの発言かすぐ分かる。コメントする人たちは、ユーザー同士でハンドル名を憶えて、番組が始まるときに「こんにちは」「こんばんは」と挨拶するんですね。
長めのレビューも投稿できるから、「○○さん、この動画にレビューをつけたんだ」と気づくし、そのユーザーのレビュー一覧も参照できます。つまり、シラスは動画配信プラットフォームでありながら、SNSのような機能もあるんです。
昔のブログ風
いまはネットで何か発信すると、すぐに攻撃される。とくにツイッターはほとんどツッコミ文化じゃないですか。いろんな専門家が見ていて、粗探しやマウンティングがものすごい。そのせいで、文章の書き方はどんどん防衛的になって、ズバッと言えなくなっているんです。
ネット記事は「PV(ページビュー)を伸ばせ」と言われるけど、100万PVを超えたりしたら、誹謗(ひぼう)中傷のコメントがどーっと押し寄せる。もはや記事の内容はほとんど伝わっていないんですね。その結果、書き手はやる気を失うところがどうしてもあります。
見られても、読まれてはいない。
【東】フィードバックって、数が多ければいいわけじゃないんですよね。質の低いコメントがあまりに多いと、配信者のほうが意識をブロックしちゃう。単なる「群れ」にしか見えなくなるんですよ。シラスのように、数十人、数百人の規模で、ハンドル名を知っている人たちがコメントしてくれるのが、人間の脳にとって一番いいフィードバックの形だと思いますね。
【東】逆にYouTubeのほうは、オープンすぎて、いろんな人がなだれ込んでくる。コメントはあくまでも動画単体への「注釈」であって、動画を横断した発言者の連続性は意識されませんね。シラスは、「あ、あの人、この動画にもいる」という連続性があるんです。
当たり前の話だけれど、ぼくという人間は、いままでのぼくがいて、現在のぼくがいる。過去の発言など、ぼくの歴史が前提にないと、ぼくの発言は理解されない。それはコメントも同じで、発言者の連続性が意識されないといいフィードバックは起こらないんです。
ところが、いまのITのサービスは、なるべく歴史をなくし、「いまここ」のPVを追い求める方向に進んでいるでしょう。ぼくはそこに違和感をもってシラスを開発しました。結果として、「はてなダイアリー+ニコ生+ツイッター」みたいなサービスになったかたちですね。
【東】配信者と視聴者は、むろん完全に対等ではありません。けれど、コメントは番組への「介入」であり、視聴者を尊重しているからこそ、その介入に対して配信者が反論したり説明したりする権利はあるという考えです。だからこそ固定ハンドル制なんですね。
配信者がハンドルネームのコメントに名指しで反論というとびっくりする人がいるかもしれませんが、ぼくはそういうものこそ本当のフィードバックだと考えています。ただ視聴するだけなら、コメントしなくていいわけですから。
【辻田】PVばかり狙うと、ネット右翼向けにしろ、ネット左翼向けにしろ、常にその人たちにウケる話を発信することになる。たった一個の発言でも、機嫌を損ねるとパッと反対側にまわってしまうからです。自分たちにウケることだけを言ってほしい読者や視聴者を相手にすると、そういう怖さがあるし、どんどん過激にならざるをえません。いわば“忠誠心競争”になってしまうんですね。
中間集団がいてくれると、そうはならない。その意味で、シラスは情報発信のうえで“出撃の拠点”になると思います。
コミュニティも、本質はフィルターバブルだと思うんですよ。人間はその点ではフィルターバブルなしには生きられない。人間は、だれにしても自分が好む情報だけでバブルをつくってしまうもので、最近はAIによってさらに強化されるようになったというだけです。
だから、フィルターバブルの外に出るというよりも、フィルターの質を高めることを考えるべきだと思うんです。それはつまり、コミュニティの質を高めるということ。シラスにしてもゲンロンにしても、「閉じた一部の人たち向けのサービス」だと批判されることがあるんですが、閉じてても質が高ければいいんだと思うんですよね。むしろいま問題なのは、コミュニティの質ということを考えず、ただ「オープンであればいい」とみんなが思考停止していることだと思います。
会員は月2000円(税抜)でチャンネルは見放題ですが、それとは別に1番組だけ視聴する場合は300円からの単独購入もある。お試しで1番組を観て「おもしろかったから」と入会してくれる人もいれば、入会したあとまた単独購入に戻る人もいる。そういう出入りできるシステムは緊張感を生みますね。
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