『考えの育て方2』
カードには一つのことを書く、で、一つのことって何?
テーゼはわかりやすい
テーゼ以外は一つにならない?
メッセージという言い方でもよいのではないか?
いきなりカードは難しい、そんなときには?
今日のメモをページごとに書く
そこからの切り出し
蓄積したメモが重くなるとき、そうでないとき(操作可能性と、ログ)
ある種のメモは操作できるがゆえに、操作しなければならない感じがつきまとう
ナンバリングされているメモは、そうした感じと無縁に書き続けていける
Cosenseでカードをくる
まとめるためのカードをつくる
さらにカードをくる
まったく同じように再現するならば、一つのノートにずらずらと書き連ねていくことだろう。
しかし、Cosenseには合わない運用だ
であれば、どうするか?
まあ、その役割はアナログノートに任せておく、というのでもいいわけだけども。
倉下が、より大きな思想を構築できていなかったのは、分厚いノートを使っていなかったからではなく、「一つ上の思想に位置づける」という知的営為を怠っていたから。そのプロセスを変えない限り、道具を変えても変わらない。
いや、それはいいすぎ。そのような知的営為を促すツールを使わない限り、くらいの意味。
倉下の知的好奇心の大きな線(あるいは軸)としては、まず「セルフマネジメントの研究」があり、「タスク管理の研究」などはそれに付随する項目だといえる。
あとは、思考の技術と情報整理についての研究があり、そこはまだ上位概念が定まらない(あるいは二つは重なり合うが異なる領域なのかもしれない)
ご機嫌に生きることは、広い意味での幸福論であり、それは生きる技術だと言えるだろう。
「仕事術」は位置づけが難しいが、生産性向上などは、タスク管理の研究に付随する要素だと言える。