『事務と創造』の序文

はじめに

「事務」と「創造」。

この二つの言葉が同時に語られることは、あまり多くありません。

一方は繰り返し、手続き、整理、規格、報告といった、いわば“つまらない”行為の代名詞として。

他方は新しさ、ひらめき、独自性、自由、閃光のような非日常の行為として。

この二つは、まるで対極のもののように思えるかもしれません。事務に携わる者が創造とは無縁であるかのように、創造的な人は事務など不要だと言わんばかりに。

しかし、はたしてそれは本当でしょうか？

本書は、この一見対立する「事務」と「創造」が、実は深く関わり合い、むしろ切り離せない関係にあるのではないかという問いから出発します。

「創造の中の事務」

創造とは、まったく新しいものを生み出す行為であり、反復や手続きといった事務とは無縁のように見えます。しかし、創造的な活動が持続可能であり、他者に届き、発展していくためには、事務的な仕組みや支えが必要です。

芸術家が作品を発表するには、展示の準備、広報、販売、記録といった無数の事務が不可欠です。研究者が新しい知を論文として発表するには、文献管理やフォーマットへの整形、投稿手続きといった制度化された手続きが求められます。

創造は、事務の助けなくしては社会に現れることができない——そう言っても過言ではありません。

また、創造そのものの中にも、意外なかたちで事務的な側面が潜んでいます。

たとえば、発想を記録するためのカードやメモ、Zettelkastenのような知的ツールは、ひらめきを“再利用可能な形式”に変換する作業です。それは、形式化・規格化という事務的な知性の働きに他なりません。創造は、ある種の事務的操作によって支えられ、再構成されるのです。

「事務の中の創造」

一方で、私たちが「つまらない繰り返し」として片付けがちな事務の中にも、確かな創造性が息づいています。

新しいフォーマットを作る、作業の流れを改善する、手続きを簡略化する。これらはすべて、既存の形式を観察し、変化する状況に応じて最適な形を見出すという創造的行為です。

日々の業務の中でExcelのマクロを工夫したり、テンプレートを改良したりすることに喜びを感じる人もいます。そこには、目的に対して手段を柔軟に構成しなおす知的な働きがあり、それは「創造」と呼ぶにふさわしいものでしょう。

レベルを超えて

本書では、「創造と事務」の関係を、日常、仕事、学術、芸術といった複数のレベルで見つめ直します。

たとえば、買い物リストや家計簿といった日常的な記録の中にも、自己を形成する創造性が宿っています。仕事においては、事務的作業が組織の創造性を支え、同時に自らの創造性を発揮する場でもあります。学術や芸術の現場では、制度と表現、形式と自由のせめぎあいの中で、新たな地平が切り拓かれていきます。

このように、私たちが見落としがちな「事務」の中に、「創造」を読み込み直すこと。そして、「創造」を特別なものとせず、それを支える形式や繰り返しの意味を問い直すこと。

本書は、そのような視点から、創造と事務のあいだにある〈ひそかな往復運動〉を描いていきます。

あなたが日々取り組んでいる“些細な作業”の中に、思いがけない創造が宿っているかもしれません。

そして、あなたが大切にしている創造的営みにも、見えないところで静かに事務が働いているかもしれません。

本書が、そのことに気づくための小さな契機となれば幸いです。