音響メディア史
音響メディア史 / 谷口文和, 中川克志, 福田裕大著, 2015
Chap.2 音響メディアの起源
音と技術との関わりの背景
(1) 18c 人工音声(ケンベルンら)
解剖学の進展, 人間機械論
(2) 音の視覚化
客観化 = 音源から独立した音現象へ
(3) 五感の分離(刺激感応モデル vs. 感覚器官固有のメカニズム)
圧迫や薬物による音体験など
外部世界の写しではない、知覚の内的世界の発見
フォノトグラフ
漏斗状の入力で捉えた任意の音を記録して視覚化する技術 = 「音を聴く」機能の外部化&客観化
耳のモデル化「人間の耳の一部を模倣する以外の術があると信じることはできなかった」(Scott de Martinville, 1878)
Chap.3 録音技術と感覚の変容
(1) 「声の写真」という理解
(2) 機械の発する音として
忠実性の技術的限界, 再生速度の故意な制御
<Mr.Phonograph> - 一つの発話主体としての擬人化
(3) 広告におけるHifi言説
His Master's Voice ... 再現忠実性+音源(発話者)の代替可能性
トーンテスト ... レコードと生声のチューリングテスト
透明化は産業の担い手による実践によって進展した
Chap.4 録音技術の利用法
エジソンによるフォノグラフの発明 (1878)
発表時に主に想定された用途 = ディクテーション, 演説の記録, 遺言など「人間の声の記録」
その他の当初見られた用途 ... 大統領など著名人の肉声記録, 民族音楽や環境音の収集, アーカイブ
Chap.5 レコード産業の成立
技術は発明当初の使われ方で受容されるとは限らない ... 当初「ラジオは電話で、電話はラジオ」だった
1878 以降 ベルらによるグラフォフォンの開発 ... 口述筆記ビジネスに活用
1888 エジソンによる改良型フォノグラフの開発 -> 筆記以外の用途開拓(おもちゃ, 録音済みシリンダー販売など)
1892 ベッティーニのマイクロフォノグラフ
1894 ベルリナーのグラモフォンの商業化 -> 大量生産可能な「レコード」の発祥 (録音技術の脱民主化)
ガイズバーグ
海外録音を行い、レコード販売まで管理した世界初の「音楽プロデューサー」
日本でも1903年に録音旅行を実施
「赤盤」一流歌手の録音のためにプレミアムレーベルを用意
音響再生技術と音楽産業とポピュラー音楽がレコードによって互いに関連するようになった
民衆のための音楽は小売の対象となった
Chap.6 電気録音時代
ベルらによる電話の発明(1876) -> 音声振動の電流への変換
フレミング(1904), フォレスト(1906)による真空管の発明 -> 音響電気信号の増幅
機械式録音 ... 音のエネルギーをそのまま音溝の刻みこみに利用
1920年代は主にコンデンサマイクによる録音部分の改善
電気式スピーカーを備えた電気蓄音機は1926年GE社パナトロープがはじめて
電気録音により録音スタジオの制約がなくなった
実際のコンサートと同じ環境・反響特性のもとでの録音が可能に, ライブレコーディングの実現
電気録音の2つのパラダイム = Hi-Fi + 構築性
指揮者ストコフスキー:録音装置に関心を持ち、バイノーラル, PA装置などの開発や運用に関わる
クルーナー唱法:囁くような唱法、ハミング ... マイク感度向上で録音可能になった
chap.7 ラジオとレコード
電話のブロードキャスト的利用
-> テアトロフォン - パリ電気博覧会1881でオペラ座の演奏を遠隔放送
ラジオの電話的利用
-> 電信電話の無線版としての初期利用
ラジオブロードキャスティングの黎明
アマチュア無線家による自家送信のコミュニティ -> レコードやピアノ演奏の送信
1920年ウェスティングハウス社によるラジオ局KDKAの設立
水越の三条件=「定時放送」+「産業活動」+「大衆への放送」
ラジオと音楽産業
ヴォードヴィル(大衆的音楽ショー)出身芸人の出演
スウィングジャズの大衆化
一方、NY等の演奏が放送されることで地方音楽家の受容が減退
レコード放送による演奏家受容の減退
DJ = ある種の親密さを伴うかたちで音楽を紹介する人物
1934年マーティン・ブロックがスタイルを創出
プロモーション盤によるマーケティング戦略
アラン・フリード(クリーヴランドのDJ) - 白人向け放送局でR&Bを放送 (Rock'n Roll Party)
音楽聴取層の分離状況を解体
Chap.8 磁気テープ
テレグラフォン(ポールセン, 1899) ... 鋼鉄ワイヤの磁化による信号記録
もともと留守番電話や口述筆記用具として着想
1930年代、ワイヤーから軽量テープに記録媒体を変えたものが開発される
マグネトフォン(1942) -> ナチスプロパガンダ放送に利用される
戦後アメリカでも急速にオープンリールレコーダーの普及が進む (アンペックス モデル200 など)
蓄音機型(direct disc cutting)に比べて録音が容易になった
演奏家による録音機会の増加, 「持ち込み」文化の発祥
消去再録音が容易な記録特性を活用した録音技術の開発
e.g., レス・ポールによる多重録音, シェフェールによるミュジーク・コンクレート
Multi-track Recorder(MTR) の登場
-> パートごとの別録りが可能に, ピンポン手法による多重録音なども
Chap.9 レコードという器
蒐集対象としてのレコード=物理的実体・メディアと非分離な音楽パッケージ
回転速度 ... 円盤レコードになって統一規格化が進んだ
SP盤 (Standard Play): 78RPM
片面4-5分 ... 楽曲長の標準に
裏表記録 ... カップリング曲の慣習
長時間作品の取り扱い ... 「アルバム」としての商品化
映画劇伴向け -> ヴァイタフォン 33と1/3回転
トランスクリプション盤としてラジオなどで利用
第二次大戦後新フォーマット策定
音質の高い塩ビ素材の開発
コロンビア - LP盤 (Long Playing) ... 33と1/3回転, 片面20分 (交響曲1楽章)
モダンジャズの発展にも寄与
RCA - 45回転盤
どちらのフォーマットにも対応したプレイヤーが登場
45回転盤の楽曲をまとめたLP盤がアルバムとして発売されたりも
EP
extended play (variable pitch cuttingにより45回転盤の収録時間を伸ばしたレコード)
転じて3-4曲程度のセットを呼ぶように
LP盤の収録時間を縮小したものを逆転的にEPと呼ぶことが定着
Hi-Fidelity概念
FM放送の開始や技術者の増加, 戦後消費文化において花開く
カジュアルな音楽聴取 - 50年代以降、ジュークボックスでのR&B, Rock'n Rollの流行、トランジスタラジオの発明
ステレオ再生
1881年のパリ国際電気博覧会で2個のマイクとヘッドフォンによりステレオ効果が発見
本格的な開発は'30sから。 (EMI binauralなど)
ストコフスキーによる3ch録音の試行, ファンタジアでの9chマルチトラック3ch再生 -> 映画館のマルチスピーカー系のはしり
レコードへの空間性の付与 ... 実際は安直な手法も多く、技術性能というより人々の意識の問題
Chap.10 カセットテープと新たな音楽消費
1962年フィリップス社「コンパクト・カセット」の発売
1979年ソニー「ウォークマン」発売 -> モバイルリスニングの普及
メディアの特性=録音可能性+可搬性
代表的プロダクトとしてのラジカセ ... ラジオの私的録音や複製を可能に
録音可能性
口述筆記用具としての利用
生録文化 ... 日常のスナップショットとしての音響収録
エアチェック ... 70-80年代 FM放送される楽曲を事前にチェック、録音して聴取や所持を楽しむ文化
レンタル文化
可搬性
ウォークマンによる携帯型音楽端末という商品カテゴリーの提案
ヘッドフォンを用いた音楽聴取体験を一般化
その他、カーオーディオやカラオケなど
カセットの新規性=メディアを購入する以外の方法での音楽の私的所持を可能にしたこと
Chap.11 デジタル時代の到来
1937 PCMの発明
1948 シャノン「コミュニケーションの数学的理論」
1970ごろ、デジタル録音の技術が確立
1980ごろ、CDの規格制定(sony, フィリップス)
一方、CDは基本的にレコードとメディア特性を同一とするものとして想定された ... 複製に対する制限
デジタル楽器(サンプラやシンセサイザ)の登場 ... 音の編集と演奏との区別が曖昧に
デジタル通信による音楽配信 ... カラオケと着メロ配信がさきがけとなった
Chap.12 解き放たれた音
インターネット, MP3, 配信サービス
Chap.13 新しい楽器
1. 電気楽器 = エレキギターなど、既存楽器の電気的装置による増幅・変調
2. 電子楽器 = 発音メカニズムを電子回路に依存した楽器, インタフェースは既存楽器を模倣したものが多い
3. 本質的に新しい電子装置 ... シンセサイザ, サンプラー, シーケンサなど。
20世紀後半の新しい「楽器」の本質的特徴
1. 操作と発音契機との分離
事前のプログラミングによる音作り
自動ピアノやオルゴールに系譜をたどることも出来る
2. 編集可能な電子音を用いること
3. 電子音の配列をプログラム可能なこと
「道具から装置へ」の変容
シンセサイザの問題 ... 鍵盤インタフェースが一般化したことで普及は進んだが、音作りの自由度は削減された
Chap.14 レコーディング・スタジオにおけるサウンドの開拓
サウンド:音階・拍子・和音など演奏主体の音楽には存在しない、録音表現独特の因子
特に初期はスタジオ特有の機材・システム・演奏に基づくもの
レコーディング
アコースティック録音では「レコーディスト」が工夫
電気録音とマルチマイキングの導入 -> 分業化, レコード・プロデューサーの発生
空間要素のフィクション化
DAW化
R&B, Rock'n Rollでのアンチハイファイサウンド (スラップバック, ディストーションなど)
オーケストラ・ヒットのようなサンプラー特有のサウンド, ブレイクビーツやサンプリングを駆使した音楽の発祥
chap.15 音響メディアの使い方
音響メディアのあり方に関する批判的芸術
リルケ「始原のざわめき」
レコード針を頭蓋骨の縫合線に当ててみてはどうか
talking machineとしての蓄音機への感覚
再生産ではなく生産のための技術としてのレコードや録音技術の利用
モホリ=ナジによる提唱, グラモフォンムジーク
ミュジークコンクレート ... 作曲家至上主義的イデオロギーの関連
サウンド・フィルム
1930年代にフィルムを直接編集したり着色することによる音響制作が行われるように
ルットマン『ウィークエンド』など
レコードの物質性への意識を喚起するアート
ミラン・ニザ "Broken Music"
クリスチャン・マークレー "Record without a cover"
ポール・デマリニス「アルとメリーのダンス」
城一裕