ニック・ランドと新反動主義
木澤佐登志 著
Chap.1 ピーター・ティール
PayPal, Palantirの創業者。新反動主義の中心的人物の一人
スタンフォード時代、ルネ・ジラールから影響を受ける
社会・共同体では相互的暴力の解消のため、「供犠」として暴力が体制化される(根源的暴力)
ジラールは根源的暴力という罪から逃れる方法として信仰を挙げる
『世の初めから隠されていること』では他者の欲望を欲望し続ける本能(ミメーシス)の先に死への欲動を指摘
リベラル思想・ポリティカルコレクトネスとの対立
『主権ある個人』(デビッドソン・リース=モッグ, 1997)
ユートピア的期待に基づくリバタリアン終末論:20世紀前半の「西洋の没落」の変奏
サイバースペースの拡大は暗号通貨の普及を伴って政府の経済活動への支配力を奪い、福祉制度が解体する
Sovereign Individualは「超人」として国家の制約から解放された中で企業型小国家を築きサヴァイヴしていく
結局ニーチェ的超人(=道徳に規定されず孤独の中で自身の欲望を肯定する創造者)の焼き直し?
サイファーパンク
ハッカー文化において暗号(サイファー)技術は常に自由と権利に結びついて尊ばれてきた
「暗号無政府主義者宣言」(ティモシー・メイ, 1992):現在のダークウェブを正確に予言
電子決済=ペイパルは『主権ある個人』の実装として現れた。現在はビットネーションなどが思想を継承
イグジット
ティールは競争を忌避する:競争と暴力が支配するフィールドは熱的死=平衡状態以外の何物でもない
フロンティアの開拓と独占=イグジット
物理的には海上入植(seasteading)のプロジェクトを進行
ホラー
根源的な死への恐怖 → メトセラ財団やMIRI(アップロード研究)への出資
「人新世」=地質学的影響を人間が不可逆的に与えざるをえない時代、絶滅の予感
イーロン・マスクによる火星移住もまた同根のアイデア
啓蒙を超克する
9.11は西洋近代文明の啓蒙思想=平等・デモクラシーによる根源的暴力の隠蔽への最も直接的な否定
「シュトラウス主義の時代」
Chap.2 暗黒啓蒙
リバタリアニズム=経済的自由+思想的自由
4つの象限
リベラル:経済的自由の一部制限(福祉、再分配)を通常要求する
主流保守:思想的自由に関して通常制限を求める
全体主義:思想・経済ともに制御下に置こうとする
アプリオリな「自己所有権」(ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』)
他者の自己所有権との衝突の防止(夜警)を除き、国家による侵害は許されないと考える(最小国家論)
多元主義的ユートピア:リバタリアニズムは市場原理社会を許容するが、強制しない
ある小国家は福祉国家的な、ある小国家は資本主義的な体制を敷き、住民が自由に選択できればよい
『主権ある個人』やビットネーション、企業国家へのインスピレーション
ユートピア間の生存競争については回答を与えていない
民主主義政治によるリバタリアンの理想は実現不可能である(ティール『リバタリアンの教育』)
ニューディール政策から続く国家の金融介入を通じた市場と政治のもつれへの諦念
啓蒙や民主主義的政治を通じない、オルタナティブな自由思想としての暗黒啓蒙
カーティス・ヤーヴィンの新反動主義的主権思想
左派的理解:主権とは制限を通じて調整されるもの
ヤーヴィン:主権=「根源的な所有権」≒ノージックの「自己所有権」
法的な保証による土地・財産の所有は脅かされうる「二次的所有」に過ぎない。根源的所有=専制
ファシズムもまた暗殺や革命に脅かされる「二次的所有」で、これが弾圧を生む
SF的な絶対的不可侵にして経済合理的存在(フナルグル)は、最大効率の生産のために被支配者における公正性や合理性と利害を一致する
フナルグルこそがリバタリアン社会を運営してくれる(対称的主権)
「ヴォイス」と「イグジット」(ランド)
ヴォイス=民主政治=「少数者=リバタリアン」の圧殺、ポピュリズム
イグジット=声を上げる政治からの脱却、フロンティアへの開拓……向かうべきオルタナティブとは?
新官房学=企業国家体制の理論化=ノージックのユートピアの変奏
小国家ごと投票で選出されたCEOが絶対的主権を握り、フナルグルを演じる
住民は株主のように国家に所属し、いつでも脱退する自由を持つ
官房学とは17-8世紀ドイツでの領邦君主の専制的運営論のこと
自由なエントランスはどう保証するのか?そもそも人間にCEOが務まるのか?といった問題
反近代主義の主張
民主主義は専制主義を準備する段階にすぎない(カエサル, ナポレオン, etc.)
自由や平等を奉ずる普遍主義体制(カテドラル)はプロテスタンティズム的な教条主義にすぎない……
そもそもリバタリアン思想を準備したのも近代・啓蒙思想(ミル, スミス, ピューリタン, etc.)ではないか?
ヤーヴィンの主権独裁はメーストルらのカトリック反動思想(政治神学)に通ずる
啓蒙が生んだ「自由」「個人」「平等」「国家」の相容れなさ、捻れが新反動主義として無自覚の中で現れている
生物工学の地平
オルタナ右翼ターム「人間の生物学的多様性」
個人・諸集団間の能力・傾向など諸特性を遺伝的差異に一元的に帰する思想=レイシズム、分離主義の正当化
相違の強調による多元主義の立場も取る傾向
無論、社会的な価値観や「公正」さと科学的な「事実」は別物である
ランド:バイオテクノロジーの進歩により生物学的多様性は「乗り越え」られるという楽観論 → 加速主義
Chap.3 ニック・ランド
啓蒙のパラドックス(『カント、資本、そして近親相姦の禁止』)
近代=父系制=抑圧=植民地主義という構図
啓蒙の同一性を保った自己のうちに他者を取り込み同化させる態度を指摘
カント認識論:我々は他者=対象の表象(representation)として現象する=他者の他者性の圧殺
初期ランドは戦闘的フェミニズムにカント的普遍主義・帝国主義の打開点を求めた
次第にテクノロジーと資本主義の自己運動プロセス自体にそれを求めるようになっていく
ドゥルーズ・ガタリ『アンチ・オイディプス』
近代国家秩序の背景で維持されてきたエディプス・コンプレックス構造への批判
ランドは「脱領土化」(deterritorialization)と「再領土化」(reterritorialization)のアイディアに注目
脱領土化:資本や土地の流動化、国家や家族制度の解体、自我の解体
再領土化:福祉資本主義(一旦解体された再分配システムの再構築)
両者の反復がグローバルな資本主義国家システムを支えている
ランドは脱領土化だけを徹底的に追求=加速主義
反=人間中心主義は構造主義・ポスト構造主義や20c前半のフロイト無意識理論にも見いだせる
それらが堅持しているヒューマニズムやテクノロジー懐疑を捨て去り人間を解体すること
背景:1994年『メルト・ダウン』は情報スーパーハイウェイ構想やサイバースペース宣言と同時期
特異点・コズミック・ホラー
脱領土化の先に待ち受ける技術によって到来する特異点=我々の知解不可能なもの=外部性
形而上学的宇宙から到来する未知の存在=コズミック・ホラー『Phyl-Undhu』(2014)
グレート・フィルター仮説:知的生命は必ずその滅亡を招く絶対的存在=グレート・フィルターに対峙する恐怖から逃れることができない → 知解不可能な「外部」を思考するホラー
知解不可能で絶対的な絶滅をもたらす外部 → クトゥルフ神話への傾倒
強化学習AI:AlphaZeroは棋譜=人間性を必要とせず、さらに様々なゲームを解いていく=抽象作用の象徴
止まらない抽象作用が人間本性をすべて減算して行った挙げ句到達する「善悪の彼岸」あるいは「終局」の予感
死の欲動、器官なき身体
フロイト『快感原則の彼岸』無意識の中には自己保存に反する死へと向かう欲動が存在する
『アンチ・オイディプス』器官なき身体=脱領土化(制約の解除、別の生への転換)の徹底、生の解体
さまざまな制度を解体してきた資本主義こそまさに器官なき身体=死の欲動へとドライブされている
ランドにとっては限界まで志向すべきもの
ブラシエの指摘
ランドはドゥルーズによる(ベルクソン的直観に基づく)カント主義の解体をさらに推し進めようとしている
主体から切り離された強度だけが唯一の価値である
パフォーマティブなジレンマ:死の欲動へと向かうプロセスは、そのプロセスの主体自体を抹消する
結局政治に参画する行為体の否定は結局、盲目的な資本主義肯定に堕する
CCRU
ランドの思想はカント的自己に他ならない「主体」を自ら否定し続ける実践を必要とした
アカデミズム(西洋近代的記述者)の慣行から逸脱した叙述のスタイルもまたその一つの戦略
CCRUはニックとサディ・プラント、ウォーリック大学の学生らによる秘教的コミュニティ
クラブカルチャー(Jungle, DnB, dubstep, ...)の只中に直接立ち会う ↔ 左翼的カルチュラル・スタディーズ
なぜ音楽か? → ドラッグ、レイヴカルチャーとの交感に加え、無政府主義的マイクロ・ユートピアの可能性
Sonic Warfare (グッドマン=Kode9):情動をコントロールする音の管理と伝播、闘争としての音環境
ハイパースティション (hyper + superstition)
現実とフィクションとの境界を故意に曖昧にし、現実を変容させるための記号運用の実践
例えば資本主義体制では株価予測が株価のダイナミズムを生む予言の自己成就、自己言及が見られる
テクスト相対主義とは似て非なるもの:「リアルは存在しない」ではなく「無数のリアルが存在する」
思弁的実在論 (speculative realism)
相関主義:私達は物自体には接近できず、超越論的枠組み(カテゴリーや論理形式)と事物との相関
ランドが批判するところの表象としての、内部で表現された対象、他者
SR(やランド)の基本的な問題設定は「物自体」といかに遭遇するか?ということ
メイヤスー(『有限性の後で』)「祖先以前性」=私達と相関しえない「大いなる外部」について、自然科学的・論理的言明では言い当てることができる
自然法則の偶然性 … ここまでの相関主義の議論との関係がよく分からなかった
ブラシエ(『ニヒル・アンバウンド』)「事後性」=絶滅後、我々と絶対的に切り離された地点
宇宙の消滅は、私達が最初から存在しなかったという帰結を事後的にもたらす=恐怖(こちらはコズミック・ホラーとの関係で少し理解できる)
両者とも荒涼とした「人間なき世界」への志向性を共有している
Chap.4 加速主義 (accelerationism)
『アンチ・オイディプス』の加速主義:脱領土化、脱コード化の徹底により近代をメルトダウンさせる
リオタール『リビドー経済』の加速主義:労働者は工場労働における破壊、疎外を「享受」しているのだ
疎外と死の欲動の徹底がある種の解放につながる「悪くなればなるほど、良くなる」
マルクス『自由貿易問題についての演説』は社会革命を促進させる自由貿易を評価。有名な『共産党宣言』の一節もまた一種の加速主義の起源とみなせる
左派加速主義(ニック・スルニチェクら)
操縦可能な加速の重視、テクノロジーをネオリベ的生産性ではなくポスト資本主義へ転用していく
ベーシックインカムなどがわかりやすい提言の例
フィッシャー『資本主義リアリズム』の例:個人の器質的問題に帰着されるメンタルヘルス問題
機能不全でありながら機能してしまい、全ての人を加速させる資本主義:スマートドラッグ
右派加速主義(ランドら)
左派的な経済とテクノロジーの切り離しを否定
資本主義のポジティブ・フィードバックプロセスに閉塞感の打開を求める
加速主義者を魅了するトランスヒューマニズム
マルクスによる「機械が労働者に命を吹き込む」疎外プロセスの私的
ウィーナーのサイバネティクス、サイボーグ、シンギュラリティ、そして脳のアップロード
イタリア未来派・ロシア宇宙主義
スピードとテクノロジーの強度を芸術に持ち込んだ未来派はファシズムへ接近
ニコライ・フョードロフによる科学技術が自身の身体も変容させ、父祖を復活させる黙示録的構想
ヴェルナツキイ「精神圏」=科学技術が制御する生物圏そのものが霊的状態へと到達する(シンギュラリティ)
これらの思想の背景にはロシア正教の神秘理論が影響
ヴェイパーウェイブ
ラウンジ・ミュージック、スムースジャズ、ミューザックなどをサンプリング、単純な加工で再構成した音楽
視覚要素(古い3D、ビデオゲーム、アニメ、ギリシャ彫刻、奇妙な日本語など)
アイロニカルでもあり、また消費文化に忠実な加速主義的音楽運動でもある
単なるノスタルジーではないのは、幾度も死を宣言されながらなおも漂い続ける亡霊としての性質
古いサンプリングからなじみ深さを剥ぎ取った音の作り方
ミレニアル世代にとっての幸福な小児時代を継ぎ接ぎした音
「失われた未来」
9.11以前に存在していた未来像への捻れたノスタルジア、永遠に続いていくショッピングモールのエスカレータ
日本のシティポップの引用もまた、他者の過去に新鮮なノスタルジアを求めるために頻繁に行われる
未来を取り戻すのか、未来を発明するのか