賢さと面白さ
面白いものをAI使って作れないという話じゃない。面白さはたっぷり隠し持っている。問題は人間の関与なしに、自律で扱えないこと。人間の選別を通さず、AI単独で面白さという総体を扱い切り、これが最高に面白いですよと提示できないこと。
面白さは新しさを要求する。新しさだけでできているのではなく、どこかに新しいと感じさせる条件を備えるから面白い。たとえ過去の焼き直しでも、今その場で各々が新しいと感じさせるだけの仕立てを繰り返すことで、面白さは前進する。
今のAIは面白さを求めて作られていない。面白さを見出す目的性に基づかないし、作り出すためのフレームも備えない。言葉や、誰かの面白さの記録という細切れに依存し、新しい面白さを独自に評価する土台が無い。
創作と呼ばれる大きな塊は、面白さを求める人間の基本的性質の発露であって、賢さを求めるもうひとつの基本的性質のもたらした今日的なAIのあり方と、大きくずれている。
面白さを扱うのに必要な発展は色々考えられるけど、たとえば次の5つを挙げてみる。
・長期記憶
・継続的な自己評価
・マルチモーダル
・外部応答の取り込み
・独自の報酬形成
長期記憶は必須だけど、それが伸びたところで、面白さを特定するわけじゃない。
継続的な自己評価は、結局借り物の基準を強化していくだけになりかねない。
マルチモーダルは、言語という離散超えて素材となる空間を広げるけど、これも面白さの自律そのものではない。
外部応答の取り込みは、総体や平均の評価を更新しても、ある瞬間の面白さでしかないし、自律でない。
独自の報酬形成、これこそが面白さ自律で扱うってことだけど、かなり難しく遠い話だと考えてる。それほどに、面白さはモデル化しにくい。
面白さは平均や統計だけで出来てない。平均や統計で導ける面白さは確実に存在するけれど、それは面白さの総体ではない。〔……〕だからAIによる面白さの自律的な扱いは遠く、その一部を満たすに留まった状況が長く続いてしまう。これが前のポストの前提にある。
この前提は私にとっては結構残念なこと。