絵画技法(10~12世紀)
前提:テンペラの特性
かなりの微粉とはいえ、石を砕いてつくった顔料の粒子は、化学製品として製造されている今日の顔料とは比較にならないぐらい粗い。だから、色を塗り重ねたときに、上の層の顔料が下の層に傷をつけ、結果的に色を削ってしまう可能性は高かったのである。
それに加えて、粒子が粗いために色の「伸び」が効かないということもある。だからといって、水を多くすればメディウムの接着力を弱めてしまう。色をぼかしたり、かすれさせたりすることは、技術的にかなり難しいのである。言い換えれば、テンペラ絵具は、技術的にも、平面を一様塗ることに最も適した性質をもった絵具だといえる。
中間色とその前後
十世紀前後から十二世紀頃までの、いわゆるロマネスク絵画に多く用いられているのは、色を並置する方法である。この方法は、前述したテオフィルスの手稿本『諸技芸大要』の第一巻に記録されている。それによれば次のような手順になる。
まず、中間色を用意する。説明をより具体的にするために肌色を例にとる。鉛白と辰砂またはレッド・オーカー、ときにはイエロー・オーカーを混ぜたもので全体を塗る。これにマシコット(密陀僧)を加えることもある。次に、先のものにレッド・オーカーと少量の辰砂を加え、ときには少量の黒を加えて、暗くしたい部分に塗り重ねる。赤みを出したいところは辰砂と鉛丹を塗り重ねる。明るくしたい部分には、元の中間色に鉛白とイエロー・オーカーを加えたものを塗る。最後に、最も暗くしたい部分に黒または黒にテルベルトを加えたものを塗り、ハイライトの部分は白で補筆する。
肌色の例
1. 中間色で全体を塗る
2. 中間色を暗くして、暗い部分に塗り重ねる
赤みを出したいところに赤を塗り重ねる
3. 中間色を明るくして、明るい部分に塗り重ねる
最も暗い部分は黒(+暗い緑)で塗る
ハイライトは白
テオフィルスが記している技法に改良を加えたのが、チェンニーノ・チェンニーニの『絵画術の書』に見られるイタリア派の技法である。
この場合も、テオフィルスの場合と同じで、三段階の色を用意しておく。ただし、中間色の上に両端の色を塗り重ねるのではなく、段階に応じて色を並置し、絵具が乾かないうちに境界部分を柔らかい刷毛でなでるようにしながら、互いにぼかし合わせ、色を混ぜてしまう。このようにしてトーンの移行が自然に近くなるようにするのである。なお、ハイライトおよび最暗部の補筆はテオフィルスの場合と同じである。
色を並べる
塗り重ねない
中間色とその前後をなじませる
ハッチング法は、例えば、なだらかなぼかしの効果によって明暗を表現しようとするとき、絵具の色を薄めたりせずに、一色だけで細い平行線を引いて明暗を出す方法である。明暗の出し方は、平行線一本一本の太さを変えたり、線と線との間隔を変えることによって調整する。あるいは、平行線を網目のように交差させて引き、線の密度の変化によって色の濃淡や明暗を出すこともできる。さらに、線を引く方向や曲がり方を変えれば、複雑な形を立体的に見せることが可能になる。
ハッチング法を利用すれば、色相の変化や彩度の変化も表現することができる。一つの色で一定の太さと間隔の線を引き、その上に同じような線をもう一つの色で網目になるように引いてやると、見た目には二つの色を混ぜ合わせた中間色に見える。一つの色を地色として平らに塗って、そこへさらに二つ以上の色で線を描き加えていけば、かなり複雑な色を描き出すことができる。
鉛筆デッサンのクロスハッチングも微妙な明暗のトーンを得られる 一応、こすってぼかすこともできる
工芸的な手法
それでもなおかつ、これらの手法はごく微小な面に変換した平塗りの組み合わせと、その応用に過ぎないのである。自然に近いなだらかな色の変化を表現するには、まだまだ不満が残る手法であったといえる。
こうしたぎこちなさを補うために、工芸的な手法を取り入れることによって、逆に、表現を省略したり、思い切って形態的に整理して、抽象度の高いものに仕上げるなどの工夫をこらしているものも少なくない。画面上の背景に当たる部分を金箔で覆っておいて、刻線や刻印を併用したり、定規やコンパスを使って線を引いたり、金箔の上に絵具を塗り込んでこれを掻き削って形を出したり、いろいろな技法が案出されている。
自然な色の変化ではなく、別のやり方を模索する