制作と身体性
桂:「今月の一冊」でアラン・ケイの『アラン・ケイ』を取り上げたときにも思いましたが、かつてはコンピューターを使って絵を描くにしても、音楽をつくるにしても、自分(人間)の能力が拡張されるという感覚があったと思うんです。しかし今、それは失われつつあるのではないかと。
東:そこは本当に大事です。絵を描くのが楽しい、音楽をつくるのが楽しいというのは、本来は自分がペンを取り、楽器を触るからでしょう。アラン・ケイも、プログラミングは、ほとんど粘土細工と一緒で、いろいろ試して触ってみて、それによってどこがどう変わるかを試すのが楽しいんだと言っている。つまりプログラミングの身体性について論じているんです。
「身体性」というのがmk.iconと重なる
桂:考えてみると、最近、エンジニア達が自作でキーボードをつくってるんです。これも、「自分でモノをつくっている」手ごたえがなくなったり、自分で手を動かすのではない部分が増えてしまったストレスを解消しているのかもしれませんね。
東:そりゃストレスたまるでしょう。プログラミングを書くという、本来いちばん楽しい部分をAIに取られちゃってるんだから。