Cosenseでメモを書くこと
📄Cosenseでメモを書くこと
これが出発点であり、さらに十分に言葉を尽くせる余裕があり(文字制限がなく)、SNS的な即時かつ数値的なリアクションからは隔絶されている、という二つの環境(これも環境です)の影響によって、Cosenseでのメモはいい感じに他人の視点を意識して書けるのではないかと思います(「これはもうちょっと言葉を補っておかないとな」などと発想するようになります)。
倉下さんはCosenseメモのいい感じを
文字制限がない
SNS的なリアクションから離れている(即時的、数値的なリアクション)
と表現
◆メモ
tks.icon自分は公開していること+書きやすさと表現していた
ここら辺の気持ちをうまく表現できないのですが、公開していることとCosenseの書きやすさが掛け合わさって楽しさに繋がっているのだと思います。
思い返してみるとCosenseの特徴というより、単純にエディタの書きやすさを意識していたかもしれない
箇条書きだけど単語ではなく文章として書きやすいエディタ
あとは修正しやすい
結局これもエディタとしての書きやすさの側面でもある
書いた後に入れ替えるのが簡単
SNSのポストは投稿した後に変更を基本的には想定していないはず
一旦書いてみて、そこから考えて、修正をするっていうのがしやすい
これは自分の思考の流れと一致している
他の人もそうか?
わからないが少なくとも自分はそう
最初からバシッとした言葉が出てくるわけではない
一旦書いた後に、「ああ、そうか」となって、それに合わせて入れ替えたり、直したりする
アウトライナーが得意なはずだけど、Cosenseの方がやりやすい
それは感覚的なものだからもう仕方ない
科学の言葉に「観測者効果」がありますが、文章を書くときにも似たことが起こります。実際に目の前にいるわけではないけども、書き手がイマジナリーの中に据える視線・視点によって、何がどう書かれるのかが変わってしまう。すなわち「読者効果/reader effect」。 あると思う
何をイマジナリー読者にするかで変わりそう
問題はこの「他人の視点」というものが一様ではなく、ぐちぐちいちゃもんをつけたり、他人の重箱の隅をつついていないと落ち着かないような人の視線も「他人の視点」と言えてしまうことです。
ここでも指摘している通り
でも、Cosenseの日記ページをわざわざ見に来ている人はおそらくそういう人ではないはずで、そこに書いているときに形成される「他人の視点」というのは、なんとなくよい心理的な関係が築けているのだろうとも想像します。
とすると、Cosenseの日記ページをわざわざ見に来ている人を読者と想定していることが良い影響にはなっている
あんまり使いたくないけれど心理的安全性が高いのだろう