第139回 民主主義を発展させるためのテクノロジー「Plurality」
本連載では、防災や減災、地域の活性化や課題解決、そして人材育成など、「エンジニアだからできる社会貢献」の取り組みをお届けします。
Pluralityとは何か?
Pluralityという単語は、その最も基本的な意味では「多数」や「多様性」を指します。 これは、多数の要素やアイデア、視点が存在する状態を表現する言葉であり、1つの視点や考え方だけでなく多様な視点や考え方を認めることを強調します。
この語の持つ意味に基づいて、タン氏とワイル氏が提唱するPluralityでは、社会的および文化的な多様性を超えた協働を志向します。
社会的な違いや文化的な違いを認識し、尊重し、力を与えるテクノロジーの追求です。
テクノロジーを適切に利用することで、民主主義社会の繁栄を支え、社会の分断を克服する手段としても提唱されています。 具体的にはどのようなテクノロジーがあるの?
前提として、Pluralityという概念はまだ生まれたばかりであり、それを構成するテクノロジーについても明確な定義があるわけではありません。
しかし、タン氏やワイル氏、およびその賛同者が行ってきたさまざまな社会実験やプロジェクトからは、次のようなテクノロジーが注目されています。
このシステムでは、投票者はそれぞれ一定量の投票クレジットを与えられ、それをさまざまな選択肢に自由に分散投票することができます。 ただし、同一選択肢への投票には二次関数的にコストが増加するしくみになっています。 これにより、投票者は真に重要だと思う事項に対してのみ多くの信用を投じることを奨励されます。
一人一票の投票制度の場合、票が集中するのは、多くの人にとって優先度が高いイシューに強い候補者です。 しかし複数の選択肢に強弱をつけて投票することにより、より多様な候補が選ばれることが期待されます。
具体的な例を見てみましょう。
たとえば、有権者に対してそれぞれ100ポイントを付与します。
有権者はそのポイントを使って各候補者に投票をすることができますが、票数の平方倍のポイント数を消費する必要があります。
この場合、票数に応じて消費するポイントは表 1のようになります。
table:表1 クアドラティックボーティングの投票例
票数 消費ポイント(pt)
1票 1×1=1
2票 2×2=4
3票 3×3=9
4票 4×4=16
... ...
9票 9×9=81
この場合、自分が最も推薦したい候補者が一人いて、その人に最大ポイントを割り振ったとしても、100-(9×9)=19ポイントが余ってしまいます。
自分の持つポイントを使い切ろうとした場合、ほかの候補者にも投票をする必要が出てくるということです。
クアドラティックボーティングのおもな利点は、各個人の真の優先順位をより正確に反映し、少数派の意見を尊重することができることです。
とくに、強力な候補者の影響力を抑制し、より民主的な結果を生み出す可能性があります。
タン氏が中心となって推進されている台湾の官民連携ハッカソン、「総統杯」では、優秀プロジェクトの一般投票にクアドラティックボーティングが採用されています。 クアドラティックファンディング(Quadratic Funding:平方配分資金調達)は、オープンソースソフトウェアや科学研究やパブリックアートプロジェクトなどの公共財に対して、公正で包括的な資金提供を促進することを目的とした民主的なクラウドファンディングのしくみです。 このシステムは、個々の寄付の金額だけでなく、個々のプロジェクトへの寄付者の数も考慮してマッチング資金を配分します。
つまり、多くの人々が少額を寄付したプロジェクトは、少数の寄付者から多額の寄付を受けたプロジェクトよりも、より多くのマッチング資金を受け取ることができます。
これは、より広範な支持を得ているプロジェクトが、より多くの公的資金を受け取ることを可能にします。
たとえば、Gitcoinのプラットフォームでは、資金配分に2次関数を用いており、少額の寄付を多く受けたプロジェクトに報酬を与えています。 これにより、小規模で存在感の薄いプロジェクトへの資金提供が促進され、オープンソースコミュニティの成長と発展を支援することが期待できます。
また、SBTやNFTを使えば、さまざまな社会活動への参加履歴を分散台帳に記録しておくことができ、プロジェクトへの貢献が可視化できます。
AIによる熟議の促進
より多様な意思を政治に反映させるために、AIを使って熟議を推進することもPluralityの範囲です。
「熟議」とは多様な当事者による「熟慮」と「討議」を重ねながら政策を形成していくことですが、この考え方自体は1990年代から「熟議民主主義」として勃興し、世界中でさまざまな取り組みが行われてきました。 しかし、多様な意見を集約し、整理し、より良い議論を行い、最終的な意思決定に導くにはさまざまな技術的制約がありました。
多くの人の意見を拾うだけでも大変ですし、インターネット上のやりとりは発散しがちで、意見を収束させていくような議論もしにくいです。
意見が多様であればあるほど、合意形成は難しくなります。
また、人間にはさまざまな認知バイアスがありますが、そのようなバイアスを客観的に示すことも難しい点です。
AIやインターネットテクノロジーを活用することで、このボトルネックを解消できる可能性があります。 前述のplurality.netでは「Broad Listening」と言われていますが、多様な意見を集め、意見の分布を統計的に表現したり、議論の論点や足りない視点を示したりといった点が期待されています。 たとえば、Pol.isというツールを使うことで、多様な意見を集め、同様の意見を持つ集団をクラスタリングし意見の分布を示すことができます。 Plurality Tokyoについて
英語のイベントにもかかわらず、130名以上の方々が参加し、Pluralityに関する注目度の高さがうかがえました。
https://www.youtube.com/live/Ma7E6T16n5Y
◆写真1 Plurality Tokyoの模様
https://gyazo.com/2a53a84b144d6067f62e9ab291e25946
誰でも参加できますので、ご興味のある方はぜひ最新の情報を取得していただければと思います(写真 2)。
◆写真2 イベント後の集合写真
https://gyazo.com/7380a5e477d2bf901b9c26d00e9fab1a
Pluralityについての期待
ここまで、オードリー・タン氏とグレン・ワイル氏の提案をもとにPluralityについて解説してきました。
最後に、筆者がこのPluralityに感じる可能性について述べさせていただきます。
Code for Japanでは、市民が主体的に公共に関わり、自分たちの住む地域を改善していくシビックテックという活動を10年間推進してきました。
本連載でも紹介してきたように、オープンデータやハッカソンなど市民側のさまざまな活動は盛り上がってきていると感じますが、まだまだ行政の共創については限定的であると思います。 いくつかの要因があるはずですが、そのうちの1つは、民主主義に対する熱量の低さやあきらめにあるのではないでしょうか。
筆者自身、シビックテックの活動を始める前は、「ちゃんと納税していれば、あとは行政の仕事でしょ」と思っていました。
しかし、Code for Japanの活動で各地を回ることで、あらためて民主主義の大切さを実感することになりました。
Pluralityは、このような本質的な概念をテクノロジーで発展させる可能性があります。
技術者として研鑽を重ねてきた中で、このようなムーブメントに関われることにとてもワクワクしています。
読者のみなさんも、このフロンティアに足を踏み入れてみませんか?