シミュレーションの内容は何と比較して「ずれている」のか
G内容がF内容を表すシミュレーションの例で、シムシティの原子力発電所の場合は、現実の原子力発電所とゲーム内の原子力発電所を同一視するから混乱が起きるのでしょうか。「水と技術者がいれば稼働する、現実世界の原子力発電所に似ていが異なる、シムシティの世界における『原子力発電所』」とプレイヤーが解釈するということですかね。グラフィックやテキストがふつうそれ単独ですでにF内容を持ってるという話でしたが、ならシムシティの原子力の場合「これが原子力発電所か。あれ、でもプレイしてみて分かったけど水と技術者さえいればこの原子力発電所は稼働するぞ。なるほどシムシティ世界の原子力発電所はこういうものなのか」という風にF→G→Fという流れになるのかなとも感じました。
話を整理するために以下の概念と略号を導入します。
R原発:プレイヤーが理解するかぎりでの現実の原子力発電所(あくまで理解上のあり方)
F原発:プレイヤーがSimCityのF内容として想像する虚構世界上の原子力発電所
iF原発:プレイヤーがSimCityのグラフィックやテキストをもとに直接的なF内容として想像する虚構世界上の原子力発電所
mF原発:プレイヤーがSimCityのゲームメカニクスをもとに間接的なF内容として想像する虚構世界上の原子力発電所
回答を先に書けば、F内容ベースの説明における不整合は、基本的にiF原発とmF原発のあいだに生じると考えています。結果として、まとまりとしてのF原発の全体像が得られづらいというのが「不自然さ」の説明です(便宜上SimCityの原発を例にしていますが、透明な壁などと違って、目立って不整合が感じられる例ではないと思います)。
以下細かい説明です。
iF原発の解釈に際して、R原発はそれなりに影響します。これはビデオゲームにかぎらずフィクション一般の話になりますが、あるフィクション作品で明示的に描かれていない部分を読者/鑑賞者が能動的に解釈して補完する際に(たいてい無意識に)用いられる原則があります。これは、基本的には「描かれていない箇所については、現実世界またはその作品が属するジャンルの典型的な虚構世界(※1)に類似するものとして補完せよ」という言い方で表現できる原則です。専門的には「現実性原則(reality principle)」や「最小逸脱原則(principle of minimal departure)」と呼ばれます。SimCityで言えば、グラフィックやテキスト(ドット絵、説明文、「原子力発電所」という名前など)によって明示的(※2)に描かれたあり方に加えて、R原発についての理解がiF原発の想像に寄与するということです。
※1 SimCityは都市開発という現実志向の作品なので、現実以外のジャンルのお約束的な知識(たとえば「ファンタジージャンルだとドラゴンは火を噴く」など)はあまり関係ありませんが、シリーズ作になってくるとお約束的な面も出てくるかもしれません。なので本来は、「R原発」「F原発」に加えて、「当該ジャンルのお約束上の原発」という水準も用意しておいたほうがいい気がします。
※2 このページの中で「直接的」と「明示的」という語は別々の意味で使っています。
直接的:iF原発が(mF原発とは違って)ゲームメカニクスを介さずにグラフィックやテキストから想像されるという意味。
明示的:iF原発の想像をするための材料の一部が、テキストやグラフィックそのものによって与えられているという意味。iF原発の想像には、そうした明示的な材料に加えて、ふつうR原発についての理解も利用される。
とはいえ、iF原発のあり方は、R原発のあり方そのままでもありません。iF原発は、あくまでその虚構世界内の原発として想像されているものだからです。現実の原発と一致していようがしまいが、グラフィックやテキストで明示的にあらわされている内容は尊重されねばなりません。授業で話しますが、そのようにRとiFのレベルが区別できるからこそ、フィクションのリアリズム(どこまで現実や史実に沿った虚構世界か)という観点での評価が可能になります。
映画や小説であればこれで終了の話なのですが(iFが即Fなので)、ビデオゲームの場合、ゲームメカニクスを通したF内容(mF)という側面があるので、もうちょっと複雑になります。
iF原発とmF原発の不整合は、〈ゲームメカニクスの構造をもとに想像されるF内容〉と〈現実〉が食い違っているということではなく、〈ゲームメカニクスの構造をもとに想像されるF内容〉と〈グラフィックやテキストにもとづきつつ現実を部分的に参照項として想像されるF内容〉が食い違っているということです。前者は、たとえば〈水と技術者がいれば稼働するもの〉ですが、後者は普通もっと豊かな性質を持つものです。
まとめると、ポイントは以下の4点です。
R原発は(明示されていない未確定部分の補完原理になるという意味で)iF原発のあり方に少なからず影響を与える。
とはいえ、R原発がそのままiF原発になるわけではない。R原発関係なしに、明示的な表現によって確定しているiF原発の部分もあるから。
mF原発がそのままF原発(SimCity世界内の原発)になるわけではない。iF原発がそれとは別経路で想像されるわけなので、それとの整合性が問題になる(mF原発がiF原発を塗りつぶしてしまうわけではない)。
映画や小説などでは、iFがすなわちFなので、こういう問題は起きない。映画や小説でも、グラフィックやテキストによる明示的な内容(表象の内容)と実際に想像される内容(虚構的内容)の乖離はあるが、これはまた別の話。
勉強用の文献:現実性原則/最小逸脱原則について
ルイス「フィクションの真理」樋口訳、『現代思想』1995年4月号
ウォルトン『フィクションとは何か』田村訳、名古屋大学出版会、2016年
ライアン『可能世界・人工知能・物語理論』岩松訳、水声社、2006年
清塚『フィクションの哲学』改訂版、勁草書房、2017年