タスクシフト・シェア 病理解剖
「病理解剖」について日本病理学会の見解
令和4年3月17日
一般社団法人 日本病理学会
理事長 北川昌伸
医療業務委員会 委員長 佐々木毅
剖検・病理技術委員会 委員長 柴原純二
"病理解剖"は事前の臨床情報の把握にはじまり、ご遺体の外表所見や局所・摘出臓器の肉眼的検討、固定後臓器のさらに詳細な検討に基づく組織標本作製、組織学的検討を経て、病態および死亡に至る原因などについて医学的・病理学的知見を含む報告書を作成するまでの一連のプロセスからなります。病理医は適切な病理解剖の実施に全責任を担うことができる唯一の存在であり、病理解剖の全てのプロセスを監督する実施主体者です。多くの病理医が病理解剖に関する国の医道審議会の個別審査を経て死体解剖資格(病理解剖)を取得しています。
今回、日本病理学会として「病理解剖について日本病理学会の見解」を取りまとめましたのでここに公開いたします。
1.病理解剖のタスク・シフト/シェアに関する厚生労働省通知について 令和 3 年 9 月 30 日厚生労働省医政局発出の『現行制度の下で実施可能な範囲におけるタスク・ シフト/シェアの推進について』(医政発 0930 第 16 号)において、病理解剖について以下の言及 がなされました。 「病理解剖に関して必要な知識及び技能を有する臨床検査技師が、死体解剖保存法(昭和 2 4 年 法律第 204 号)に基づき、解剖をしようとする地の保健所長の許可を受けて、病理解剖を行うこ とは可能である。また、臨床検査技師が同法に基づく厚生労働大臣より死体解剖資格の認定を受 けている場合は、保健所長の許可を受けることなく、病理解剖を行うことが可能である。なお、 臨床検査技師が病理解剖を行う場合において、臨床検査技師が標本の所見を客観的に記述することは可能であるが、当該所見に基づく死亡の原因についての判断については、医師が行う必要が ある」 この通知はあくまで現行制度の確認であり新たな指針ではありませんが、タスク・シフト/シェア推進の文脈にのることで、病理解剖業務が安易に実施されることへの懸念が持たれます。これを機に病理解剖が適切に実施されるためにも、病理解剖への病理医の関与のあり方について日本病理学会として今一度検討し、以下に本学会の立場を明らかに致します。
2.日本病理学会による“病理解剖”についての見解 “病理解剖”は事前の臨床情報の把握にはじまり、ご遺体の外表所見や局所・摘出臓器の肉眼的検討、固定後臓器のさらに詳細な検討に基づく組織標本作製、組織学的検討を経て、病態および死亡に至る原因などについて医学的・病理学的知見を含む報告書を作成するまでの一連のプロセ スからなると考えています。厚生労働省の通知の記述では、ご遺体から臓器を取り出す作業と当該所見に基づく死亡の原因についての判断が区分されていますが、“病理解剖”には各々のプロセ スにおいて極めて専門性が高い医学的・病理学的知見が要求されるため、系統解剖とは異なり、全体を通して医行為に準じた対応がなされる必要があると考えます。上記発出の「なお、臨床検査技師が」以降の記載は、『死体解剖資格の認定等について』(平成 7 年健政発第 325 号)の記載 (*)を受けてのものと推測されますが、病理解剖は死亡原因を含めた患者の生前の全病態を明 らかにすることを目指すものであり、死亡原因の特定のみが医行為に準じると解釈するべきでは ないと考えます。例えば、 ”病理解剖” を実施する際には、医師としての医学的見地から「肉眼所見」に関する記録が求め られますが、臨床検査技師が医学的所見に言及することは、責任の範囲を逸脱していると考えます。 現行制度(死体解剖保存法:昭和 24 年など)において、保健所長の許可の下で臨床検査技師が病理解剖を行うことは法的には違法でありません。しかし、適切な病理解剖を実施するための大前提となる「病理解剖(肉眼的所見を含む)に関して必要な医学的知識と技能」の双方を十分に 備えた医療従事者は例外的であり、特に臨床検査技師が、病理解剖を申請する際の「死体解剖申 込書」の保健所長への届出様式は、「病理解剖(肉眼的所見を含む)に関して必要な医学的知識と技能」を担保する内容となっていないのが現状です**。 医師の働き方改革の観点からは、慢性的な病理医の不足や病理診断業務の高度化・拡大等によ る病理医の負担を解消するため、臨床検査技師へのタスク・シフト/シェアは推進される必要があります。しかし、確たる能力と教育・指導体制の裏付けがないまま、臨床検査技師が単独で病理 解剖を実施することは、医療の延長線上にあり、かつ医行為に準じた実施が求められる業務であ るという観点からは決して容認するべきではないと考えられることから、病理学会はこれに対して強く警鐘を鳴らします***。 病理医は適切な病理解剖の実施に全責任を担うことができる唯一の存在です。したがって臨床検査技師等の介助、支援は適宜受けるとしても、全てのプロセスを監督する実施主体者として病 理解剖に取組むべきであると考えます。
【補足】
*「標本の所見を客観的に記述することは一般的には医行為又は歯科医行為には該当しない」と 思料されるが、「当該所見に基づき死亡の原因について判断を行うことは医行為又は歯科医行為に 該当すると思料されるものである」ことを申し添える
**死体解剖資格認定要領(死体解剖資格(病理解剖))では、「解剖を行った経験とは、単に解剖に立ち会うのみならず、自らが頭蓋腔、胸腔及び腹腔を開検し、解剖報告書等を作成した経験 をいい、学生実習における解剖の経験も含むものとする」と明記されている。一方で「死体解剖申込書」で解剖許可を得る場合の保健所長への届け出様式は、ほとんどの地域で解剖の経験年数 や経験した解剖体数(解剖補助のみでも可)を届けるのみで、実際に解剖報告書(肉眼所見を含 む)の作成等の要件や能力に関する言及は全くない。
***今般の病理解剖は生前の治療等に関して死因を究明するための解剖あるいは、ご遺族の要 望による病理解剖が増えており、臨床医の要求、ご遺族の要望に十分に応えるための病理解剖が求められている。
「病理解剖」について日本病理学会の見解2
病理解剖は、顕微鏡での観察のみならずご遺体の肉眼的観察に関しても医行為である「診断」にあたるため病理医が行うべきである
令和6年3月22日
一般社団法人日本病理学会 理事長 小田義直
同 医療業務委員会 委員長 佐々木毅
同 剖検・病理技術委員会 委員長 柴原純二
現在、「解剖」に関しては昭和24年に制定された死体解剖保存法(昭和24年 法律第204号)の第2条に、『死体の「解剖」をしようとする者は、あらかじめ、解剖をしようとする地の保健所長の許可を受けなければならない』とあります。また第2条―2に『保健所長は、公衆衛生の向上又は医学の教育若しくは研究のため特に必要があると認められる場合でなければ、前項の規定による許可を与えてはならない』とされています。しかし本法律の当該部分は、昭和24年から全く見直しがなされておらず、「解剖」も「医学教育や研究」に重きを置いた、広く一般的な「解剖」を指しているものと考えられます。
一方「病理解剖」に関しては、時代とともにその要求事項が大きく変化しており、現在は、すべての病理解剖に診療後の死因の究明が求められております。この死因究明のためには、顕微鏡での病理組織の観察、診断のみならず、6年間の医学教育、2年間の臨床研修およびその後の病理医としての深い経験・医学的知識に基づいた肉眼的診断や、疾病に関する医師としての深い知識が求められており、特にご遺体から臓器を摘出する前の臓器間のダイナミックな変化の観察や医学的知識に基づく肉眼的診断が、非常に重要視されるようになってきております。臓器摘出時の所見は、医療安全(医療事故調査)の検証にも必要なものです。
日本病理学会では、『病理解剖とは、病理解剖開始前の傷病に関する最新知識を含む医学的知識に基づいた臨床情報の把握にはじまり、ご遺体の外表所見や局所での摘出前、摘出中、摘出後の臓器の肉眼的診断、固定後臓器のさらに詳細な検討に基づく組織標本作製作成、組織学的検討を経て、病態および死亡に至る原因などについて医学的かつ病理学的知見を含む報告書を作成するまでの、病理医による一連のプロセスからなる』と考えています。これらすべての段階が病理医による医行為に該当すると考えており、単に病理組織像を顕微鏡で観察して、病理診断報告書をまとめる部分だけが医行為であるという見解には、強い違和感を覚えます。
病理医は適切な病理解剖の実施に全責任を担うことができる唯一の存在です。したがって臨床検査技師等の介助、支援は適宜受けるとしても、全てのプロセスに参画し、監督する実施主体者として、病理解剖に取組むべきであると考えます。
nananana.icon タスクシフトにあたり臨床検査技師が死体解剖資格をとれるのかについて医師と同等の能力の解釈とともに病理学会の指針を出してほしいとの要望が202403総会でなされ、これに対しての回答と考えられる(日付は前後するが)
nananana.icon 死体解剖資格の下位資格(技師むけ)の検討
nananana.icon 臨床検査技師が病理医とともに病理解剖を規定件数自らおこなって、死体解剖資格をとれるのか?(すでにいるのか?)