誰もがデザインする時代のデザイン
エツィオ・マンズィーニ 著 、八重樫文 監訳、中山郁英 監訳・翻訳、石塚理華 翻訳、岡本晋 翻訳、森一貴 翻訳『誰もがデザインする時代のデザイン:日々の営みからソーシャルイノベーションを生み出すための思想と実践』(ビー・エヌ・エヌ)
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監訳者序文
〔…〕誰もが自由にデザインを楽しむ時代が来るという合図ではない。〔…〕変革の時代において個人・組織・コミュニティが否応なくデザインに関与せざるをえない状況の冷静な記述である。
1. 専門家は不要にならない:デザイン専門家の役割の転回
デザイン専門家に固有の役割は「何をつくるか」に回収されるのではなく、「何を可能にし、起こりやすくするか」へと転回していく、と本書は主張している。
2. diffuse design / expert designをどう読むか:遍在と職能としての専門性
3. 専門家の転回:problem solvingからsense makingへ
4. Design Capabilityをどう読むか:誰もがデザイナーになれるのはなぜか
この解釈の転回によって、「誰もがデザイナーになれる」という表現の意味も変わる。それは、従来の意味での「デザイナー職」へ誰もが到達するという話ではない。すでに他の専門性を持ち、別の職業に就いている人々が、それぞれの職能や活動のなかでデザイン能力を発揮できる可能性が開かれるということである。
5. 誰がデザインを更新するのか:非デザイナーを「不足」ではなく「起点」として読む
このとき、非デザイン専門家は、専門家に知識や経験が劣った存在として描かれるのはではなく、従来のデザインが十分に接続できていなかった経験や知をデザインに結びつけ、領域を新たに開拓する可能性を拓く者として再定義される。非デザイン専門家がもたらすのは、専門家の技法の模倣や反復ではない。それぞれの現場に固有の判断や価値、制度や関係への感覚、生活の実感といったものが起点となり、デザインが担いうる範囲と焦点を変えていくのである。
6. 日本の文脈でどう読むか:すでにある協働実践としてのdiffuse design