第一回きつね童貞文学大賞|感想置場(その2)
第一回きつね童貞文学大賞|主催者:狐
/icons/hr.icon
作品リスト
011|籠城/武州人也
012|童貞、銃を拾う。/真狩海斗
013|白映え/碧月 葉
014|一人心中/春海水亭
015|こころがとけていくまで/チャーハン
016|ニンフルサグの聖なる狐/きょうじゅ
017|ふたりにはあとがなくて/君足巳足@kimiterary
018|天使の胃袋/草森ゆき
019|筒と鏡と偽物の星/宮下愚弟
020|僕が愛した君の嘘/紫陽_凛
021|エイズで死んだ童貞/山本貫太
022|燃え滾るふたつのファイヤーボールと磨き抜かれたダガーを俺は持て余している/南沼
023|公正取引委員会/@o714
024|お前にセックスの経験があるかどうかを世界はまったく気にしていない/和田島イサキ
025|こんにゃく/2121
026|いかなる痛みも伴わない去勢/五三六P・二四三・渡
027|一宿一飯/あきかん
028|白鷺の羽/筆開紙閉
029|童貞録/光
030|高原あと二分/帆多 丁
/icons/hr.icon
籠城/武州人也
山月記を終始引用しながらものを語っているあたりに個人的には童貞性というか、どちらかというと青年期の憂い、めいたものを感じた。その、自分が10代のころの心情を引きずったまま大人になった人、という風な立て付けに感じる。思い込みというか、脳内での思考がとにかくループをして抜け出せなくなる人のお話と思った。だから、個人的にはこの小説は、童貞というよりは、結果的に思考によって童貞を有してしまっている人、という印象を受けた。こだわりがあるから良くも悪くもこうなる人、なのかもしれない。脳内で夢想をするのがたのしい人ともとれるので、状況や、ふとしたことを由来とした思考の転換が生じたら途端に日々がたのしくなる人なんじゃないかとも思った。けれどもそうなれないからしんどいし悩んでいるし動けずにいる、というお話とも思う。
こういう、なにかについてのリスクや、やったところで失敗する、という思考感が、諸々を読んでいると、程度こそあれある程度は共通しているのかなと感じた。いまのお若い方の思考感、としてよく紹介されているものも近しいっちゃ近しい気もする。ものに対しての、それをするからにはなんらかを得ることができるかどうか、すぐに実用できるかどうか、メリットがあるか、しんどさのほうが多いんじゃないか、というのをまずしっかり見定めてから選ぶ、というような。それとの違いがあるとしたら、あくまでもそこにある理路や理屈が、自分のなかにあるこだわりか、物が物として自称している良悪(内でなく外部にあるもの)というところなのかもしれない。(ただこれはあくまで、「なんらかでおみかけすることがある」程度のもので、すべてのお若い方がこういう性質を有しているかというとまったくそうではない)。
童貞、銃を拾う。/真狩海斗
読んで思ったのは、よくわからないが、当人にとってのこだわりの話になるのが童貞性なのかもしれない、ということだった。これはなんというか、誰しもなんらかのこだわりを有しつつ生活しているとは思うのだけれど(程度こそあれ)、自己ルールみたいなものがつよくあって、かつそれによって自分の行動ががんじがらめになればなるほど効果を発揮する、のかもしれない。という意味では、その、童貞性とされるものは、自分の中にある経典というか聖書めいたものに準じて行動するからこそ「童貞」とされるものになる、ような気がしてくる。これが良いものか悪いものかを確定させるのは、己であり、周囲であり、なのかも。
けれどもその、それに準じる、というものが、「強いられている」からしんどかったり、「自分は不利を受けているのだ」となるのかもしれない。自分と喋ってる相手が急に「自分のこだわりはこれこれこうである」と説明されるのを淡々と示されれば示されるほど、きいている(ないしは読んでいる)こちらにとってそれらこだわりは「おもしろいなあ」となるときもあれば「きいてもまったくわからんし、なぜそうなるのか」となるのかもしれない。だから言及したくなるのかもだし、その、こだわりを有する方に対して、あまりよくない言及感で接する事故が発生したりするのかも、など思う。お互いに会話をするわけでなく、受け取る、ことをするわけでなく、ただただお互いが云いたいことばかりを喋り続ける、そういうことが発生するからこうなるのかもしれない。などと、少々内容と関係のないことばかり書いてしまったが、現状としてぼんやり思う事柄を残しておく。ハードボイルド作品的な文章感になりやすいのはこのあたりがあるのかもしれないなと、個人的には感じる。矜持的な部分でおそらく関連があると思う。世界観についての言及をひたすらしないといけないのが童貞性なのかもしれないし、それ以外の、なんらかの性質を説明する場合に共通するなにかなのかもと感じた。この、説明の肌触りがどうなるかで、読んだときのにおいというか、味が変わるのだと思う。
お話としては、銃を拾った男の話の形をしている。のだが、銃が銃として自我を有しており、それと生活をすることになるので、不思議な話とかそういうものに足を突っ込んでいると思う。このあたりの肌触りはどことなくタイラーダーデンというか、ファイトクラブの云々を連想した。最初どう読めばよいかすこし悩んだものの、読むうちに文章感が自分の中で馴染んでくるのでどんどん読みやすくなった。途中から登場する銃の造形がちょうどいい距離感の腐れ縁の友達、という印象で、それがよかった気がする。最後に銃をぶっぱなすことで解放に至るのは、つまりそこで童貞としての自己存在をある意味で肯定して、そも童貞とかそういうことでなく、人間としてなにをどうしたいか、というところへ心象が向かっていったことを描いていたと感じた。パルプフィクションやタクシードライバーなどの事象を感じつつ、ある男性が、すこし不思議な経験を経た挙げ句に、自己を解放へ至らせるお話として、童貞どうこうを抜きにしてよいものを読んだ気がする(もちろん大事な要素ではあるが)この場合は、銃と同意を経た上で思いを遂げた形なので、心象的にはなにかをしっかり「卒業した」のだと思う。そういう意味でも構成的によくできているお話と思った。
白映え/碧月 葉
童貞をいじられたことを気にしていないという心理を有したいが、いろいろ言及された挙げ句にやはりどうしても自分の現状を顧みることになった青年のお話と思った。年齢的にも大学生の、サークル内での云々ややりとりが合った挙げ句のもので、青年ならではの悩みというかこだわりが書かれていた気がした。相談相手がこれはおそらく異性で、かつ恋慕をしている方(ないしは性欲求的に「果たせそう」と内心思っている方)なのだけれど、主人公は劇中、すきだと云ってしまった挙げ句にそれを誤魔化して、なあなあにする。状況に浸ることをし続ける、進展させた先の光景(「NO」だった場合の景色)を想起するからこその停滞。このあたりが、ほかで読んできた作品とやはり共通しているように感じた。だからこそラストがどこか尻切れトンボになっている風にも感じる。なにかが進展して物語としての山場を迎えるのではなく、山をずうっと見据えて、そのままでいる択を選択するのが一種の童貞性なのかもしれない(山を登ること、山の頂上からの景色をみること、山をくだること。その道筋と、苦労とがあり、それは必ずしも成功するわけではなく、失敗することもあるもの。けれども上らないことには、山の先にある土地にはたどり着けない、というもの)。童貞を拗らせる、というのは、拗らせるなりの理屈がやはりあるように感じる。このくらいの重さで話せているうちは大丈夫で、ここから人によっては、あまりよくない拗れになる場合もあるのかなと感じた。そこで思考が拗れるかどうかに、自分にとっての友人がいるか、なんらかの思考に触れるか(パッチとしての宗教)なのかなと思う(ただ、パッチとしてそういうものを学ぶないしは取り入れるのは、ものによっては当人を救っているようで大変な害を及ぼす場合もある当たりが注意と感じる)
一人心中/春海水亭
描写の雰囲気もあり、剣豪同士が戦っているような印象を受けた。そういう切羽詰まった、命のやりとりをしているかのような地の文の描写が、結果的に人物の童貞性を際立たせているような気がした。そのような小説めいた文章になるほど、彼にとっては深刻であるし、命がけであり、体力を消耗する事象なのだ、というのが、これらから判るようになっているのが、この小説のよいところと感じた。実際それは、男の性趣向ゆえのものもあるのだと感じる。命がけで挑まないと性的な快楽を果たすことができないもの。それが彼である。なんにせよ、状況としてはPTSD的というか、過去の事象故にそうならないとできない、という話なので、かなり深刻な題材をやっているお話とも感じる。これはその解放というか、劇中の、男性と会話をする女性の側が、それをきいた挙げ句にその行動をしてやることと、ラストの言葉をかけてやることで男性の状況を肯定する、という治療めいたものがあると感じた。以前に戻るわけではない、戻ることがないのなら現状を受け入れ、かつそれによりどうすれば生をよいものにできるか。ぼんやりとした感想だが、そういう話だった気がする。刹那的なものを文体やその内容からわーっと感じる小説だった。
こころがとけていくまで/チャーハン
コンビニでのアルバイト描写が殺伐としているのだけれど、個人的には、あまりにも異世界的なコンビニと感じたため、そこが逆に良さになっていた気がする。どうしようもない内容の邦画とかVシネでしかみないタイプの描写が連続するため、フィクション上にしか存在しない苦痛をみている気さえしてくる。が、世の中にはこういう、非現実としか思えないようなものが現実として存在することが実際ある。それを書いているお話と思う。主人公がそれらを受けて悩んでいるときの思考感が、言葉は悪いが疲弊由来で「思考が足りなくなっている」感をうけるのが、たぶん良い。異質なものを読んでいる感覚に陥る。暴力的なものに思う。それがあたりまえのようにそこにいるからこその味があり、これはそれを淡々とやっているのが味と感じた。現実の話を書いているようで、実際はそれら凡てがなにか、どうしてそうなるんだ、という連続の中にある。これらの味が独特になるのは、省略するところと省略をしないところ、つまりは映しているところが独特だから、という気がする。一人称で描写を展開しているからこそできるものだと思った。主人公の視認・認知を文章として表すからこそのものと思う。なにかがそこにあるとして、それをただただ描写してそして終わってゆく小説なのだけれど、だからこそ発生する奇異さがよいのかもしれない。自分の吐露がそこに起こるが堂々巡りに終わってゆくであろうラストが、物語的な終というよりは、拗れをただ示しているからこその幕切れと感じた。
ニンフルサグの聖なる狐/きょうじゅ
SFのお話で、その、バーチャル世界での性交渉の事象において生じたイレギュラーを、報告書ないしはレポートをまとめたものとして展開している小説。書簡形式とかそういうタイプのお話と思う。個人的にはこういう形式のお話はかなりすきなので、「ああその形式のお話なんだ」と理解した途端になるほどとなった。最初の立て付けからどういうお話が展開されるのだろうと思ったが、立て付けが最初に端的に行われるのがよく、かつあとは基本的に当事者それぞれの報告書に触れてゆけば良いのがたのしい。芥川氏の「藪の中」なんかがそうだが、状況をまず立てたうえでそれを書いてゆくからこそ発生する良さが間違いなくある。実際この小説はそうした、「ある事象の発生」を、周囲の、それを観測した人々に語らせることによって輪郭というか姿形を浮かび上がらせてゆくお話なので、お話の組み方それ自体がよくできていたな、と思った。読めば読むほど、よくわからないが主人公の少年が自分のポリシーというか矜持みたいなものを持っていて、それを、その矜持を発揮するにはあまりにも向かない場所でそれをやろうとしててんやわんやしているのだと感じられるようになっているのが面白い。反応の描き方がよいからそう感じるのだと思った。そこから最終的な顛末に至るものを読んでも、これらの立て付けがあるからこそ、主人公の妙な矜持と、それが結局のところはとにかく自分の願望を受け取って貰いたいからこそのものだったと開示されてゆくのがおもしろかったと思う。よくわからない矜持と、果たされた挙げ句の所有欲が書かれているお話な気がした。理想的な自慰をするお話なので、結局のところは妄想の具現化、自分の理想をぶつけられるものとの性交渉、と感じる。鏡面的な、ナルキッソスの事象的なところがあるのが、童貞性なのかもしれない。
ふたりにはあとがなくて/君足巳足@kimiterary
童貞だった自分と、その喪失を回想の形式で書いているお話。性交渉の観点からすれば童貞ではないのだろうけれども、そもそも概念としての童貞はなんであるか、を書いているお話な気がした。「しなかったこと」が主題になっており、と考えるとここにおける童貞性は「その地点まで戻ることは決してないが、していたらどうだったろうか。という景色が、別に後悔があるわけもなく『別可能性ないしは別の自分の選択』としてあるもの、という、しなかったこと、という事象それだけが景色として積み上がること」のように感じた。ここにあるのは湿り気とかそういうのではなくて、とにもかくにも「仮に択があるとして、そうしなかった未来」なのだと思う。選択しなかった未来を思うときに童貞性が発生する。童貞的な心情というか体勢はこのときに発生をする夢想というかジャンプである、ということなのかなとぼんやり感じる。現実でなにかを果たしたからといって、その童貞的性質ないしはマインドが自分のなかから消え去ることは決してないし、なろうと思えばいつであってもその状態になることができるし、そもそも常にそれは側にある、という距離感だった気がする。全篇が回想の形式で語られてゆくのがすきで、特に個人的には、事後の果てで回想そのものが終わってゆくときの、回想の中で展開される景色そのものがめまぐるしくなり、その挙げ句に記憶の連想がそもそもなにからきているか、という一文言で終わるのがすき。関連として語られる景色を読ませて貰ったのだとおもう。語り口が内容とマッチしていてよかった。
天使の胃袋/草森ゆき
女性と性行為に及ぼうとすると吐いてしまう男性のお話だった。これだけ書くとかなり深刻な様相がある印象を受けるし内容的にも実際そういう側面があるのだけれど、読んでみるとこれがなんとも爽快な形になってやってくる。文章がだらだらしていなくて、しゃきっと端的に書かれているからだと思う。その、ソリッドな言葉によってものが紡がれてゆくから独白部を読むのがたのしい。独白部の文章感もそうだけれど、そこからシームレスに合間で会話のシーケンスが挟まれるのも、うまく表せないがとにかく技術的な高さを思った。ぐいぐい読めてしまう文章だからこそできることだと感じる。お話としても、男性がなぜかそうなってしまう事象からの逃避と、結果的に「なぜそうなるか」の探求が筋として生じ、最終的には「お試し」として、解放の糸口に繋がったかもしれない地点までゆけるのがよい。とてもよい終わり方をしている。人間が人間として会話をしてゆくこと、接してゆくことのなにかを読ませて貰った気がする。よい短篇だった。
筒と鏡と偽物の星/宮下愚弟
奥さんのいる男性の独白から始まって、過去の、ある女子との吞みでのダベりに場面が飛ぶところから話がはじまる。始まって、冒頭の万華鏡のたとえを意識させつつ、目の前の女子との情事の挙げ句に「彼女に興味がなくなったこと」を、「万華鏡をばらしてしまったときと同じ」と云う。その挙げ句にいまに戻って、記憶を肴にビールをのんで妻とひさしぶりにセックスをしようとひとりごちる。そういうお話。―――とぼんやり、ここまであらましを漠然と書いてみて思ったのは、この主人公の男性は、かなり身勝手に過去の出来事を「自分にとってはよい思い出だ」としているのではないかということだった。かつこの「相手のことをどこか、下手をすると消費物かなにかとしか考えていない思考感」のまま最終的に妻を抱こうとしている。この構成もあって、半ば個人的には「倫理観がとんでもない、なんらかの番組の合間に挟まる青汁販促CMのビール版」」めいた印象を受けた。事象を「万華鏡」に喩えるあたりも個人的にはそういうもの、めいた味に作用している気がする。このあたりの描き方が徹底して、主人公の人間としての「つまらなさ」を演出していると思った。童貞小説的にはしっかりありさまを描けていると思った。童貞、というものを行為ではなく精神的なものとする場合に、こうした、なにかを達観しているようでそんなことはない人間性、みたいなものがもしかすると付随するのかもしれない。
僕が愛した君の嘘/紫陽_凛
中学生の主人公が、SNS上で知り合った桃うさぎさんという方に思いを馳せるが、その人は実は男性だったという様相があり、そこから更に、けれどもそもそも男性の側も………という風になっているお話。どちらを主観のまま終わらせてゆくかによって、結果的に読後の味わいが良いものになっている気がする。時間の飛躍をうまくかつようしている気がする。あと、そこまでだぶっているわけではないが、どこかで、特に自分のいるTL上でみた気がするなにかが概念というか少々キャラクターの造形に寄与している風な印象を受けた。が、それは別に重要ではないなにかで、あるとすれば、結果的にそれを存じ上げてる方が勝手に脳内にそのイメージを抱いた場合に、ブラフみたいな感じで作用する風になっているとも思った。新海誠作品の諸々を読みながらすこし想起した。中学生の彼と大人の彼の、それぞれが有する痛々しさがしっかり現れているのがよかった。大人の彼はそれをすることによって発生する心象の愉悦に身を委ねていること、少年の彼は、よくわからないものに突っ走ってゆく純なあぶなっかしさがあること。このふたつともがなんというか、双方共に童貞的な性質を有している気がした。けれどもここで気を付けておきたいのは、少年のほうはあくまでも少年期の恋慕であって、拗らせ度合としてひどいのは、ネット上で「少年をはべらすお姉さん」をやろうとしていたバニーの彼のほうである。だから最後の光景はどうしようもない独白があるかもしれないと最初思った。がそうはならなかった。それが優しさというか、物語だからこそやれるエンドロールだった気がする。中学生らしい痛々しさと、大人の男性の孤独ゆえの発露の痛々しさがよかったお話。あとはこう、なんというか、彼がそういう風に自分を騙していたと知りながら、ラストのシークエンスで彼を受け入れようとしているあたりに、心の強さというか成長を感じた。
エイズで死んだ童貞/山本貫太
初読時は正直なところ、申し訳ないのだがこの小説がどういうお話でなにを書いているかを掴むことができなかった。のでもう一度改めて読むことにした。結果的に思ったのは、童貞を題材にした、怪異譚か冒険譚のはじまり部分を読んだような印象があるお話、ということだった。童貞会が、童貞会の一因だったある男性があらゆる性病を抱えながら死に、彼が残したメッセージをきっかけに、彼を殺した原因がなにか、彼がほんとうに童貞のままだったとしたらなぜ死んだのかを探求することになる話、と思う。いうならば、藤岡弘探検隊を童貞探検隊にして、の冒頭導入部分を徹底してなにか謎めいたはじまり方にするとこうなるのかもしれない。ほん怖というかコワすぎ!めいたはじまりかたに近い気もする。個人的にはもうすこし長めの文章感で、この、童貞幹部の水永さんをころしたものの正体を突き止めようとするお話を読んでみたかった気がする。けれどもこれはなんというか、童貞に対する感想と云うよりは構成に対する感想である。描かれていた童貞要素としてはとにかく、よくわからないがたしかにそこにある「童貞会」というものがなんなのだろうということ。それに尽きるお話だった。壮大でかつ深刻なお話をしているようで、語り口のおかげかどこかコミカルな風に受け取れるのがよかった気がする。性癖の魔境があると思った。
燃え滾るふたつのファイヤーボールと磨き抜かれたダガーを俺は持て余している/南沼
ファンタジーもののお話だった。盗賊のギデオンさんが、自分の体験したエピソードを肴に、ひたすら自分の陰茎をしごいて自慰にふけるお話。それが三回続く。構成としてはかなりシンプルで、だからこその読みやすさがあった。個人的にはどこか、落語的な味がしていた気がする。どこまでも「やれたかもしれない」想像というか妄想の中で果ててゆくのが、なんというか上手くいえないが、若さに満ちているなと感じた。ファンタジーものでありながら、中学生の思考を覗かせてもらったような感じがする。諸々の挙げ句最終的に、彼の人生の終幕がまたたくまに文章として整頓されてゆくのがすき。ナレ死めいている。妄想力の高い思春期の男の子、というところにとにかく童貞力を感じた。
公正取引委員会
主人公の一人称の節々に個人的には童貞性を感じた。素直にものをものとして云わず、なんらかの幻想をまとわせつつ語る所作、仕草。自分のなかに話の主があるせいで、なにの話をしているか捉えにくくなっているのも、語りたいものだけを出力しようとしている性格の向きをぼんやり感じた。厨二病的な初々しさを感じる小説だった気がする。
おまえにセックスの経験があるかどうかを世界はまったく気にしていない
勇者と魔王が戦いながら会話をしているお話。異世界レビューアズ原作者さんがTwitterでたまに書いている一コマシチュエーション漫画に出てきそうななんらめいていた気がする。一点のみでひたすらに魔王と勇者の会話を爆裂におこなっているのが楽しい。お互い暴露というか、自分の境遇に由来するトラウマや心情を示した挙げ句に訪れる光景が、ただすっきりしたものでなく、どろどろのぐでぐでになったなにか、というのがよかった気がする。どうしようもなさをきちんと表している気がした。勇者が設定として非童貞になるが、人間としての自由をそれゆえに失っているのが、「肉体のみが童貞を喪失した果て」を表してい
たと思う。両極端が衝突するさまがとにかく表されていたお話。
こんにゃく
素朴なショックのお話というか、ちょっと試してみたかった事柄を実施した結果、いろいろを巻き込む事態へ発展したのが、どこかもの寂しさのある短篇味をかもしだしていた気がする。なにもかもすべてが自分の行った行為由来での悲観なので、それを知らずに食べている面々はいっそ幸福なのかもと思った(その情報を知るまでは)。こんにゃくの下ごしらえというか、料理の描写がわりと丁寧だったのが個人的にすき。
いかなる痛みも伴わない去勢
小説のようであり、雑然としたブログか日記のような形態にもなるのが特徴的なお話だった。精巣ガンかもしれない、という気付きから紡がれてゆく言葉たちが、結果的に男の思考やうつろいを映し出している。当人の人生録でありながら、他者が読めばそれは物語になる。そういうものを読ませて貰っている感覚がずうっとあった。ここにあるのは正しさとかそういうものではなくて、ただ淡々とその人間が過ごした模様だけがある。それを良しと思うか、悪しきと思うか。文章内容に肩入れできるか。それが大きいと感じる。文章の体裁がどこか不安定なのだけれど、個人的にこれは意図的にこうなっている印象を受けた。ネットの片隅にある個人ブログの文章のかおりが、これら文章感によって閉じ込められていた気がする。どうにか言葉を書き残したいという実感があったと思う。
一宿一飯
狩猟のシーンでディアハンターを思い出した。お店での少年の解放と山での狩猟が交互に記述されてゆく構成をしており、このふたつがどう関わってゆくのか、と思いながら読んだ。結果としては関連というより、男の心象と平穏が描かれていた文章という気がする。移動中、熊を想像するシークは「老人と海」めいていた気もする。文体がハードで、ゆえに淡々としているのだが、ハードボイルドと不器用さと童貞性とは、やはりわりと相性が良いのだろうと思う。
白鷲の羽
ロボットもの。物語がすすめばすすむほどいろいろの文言が出てくるあたりにSFみを感じた。メインではないが、セクサロイドの使用方法が端的に示されているのが個人的におもしろかった。実際、急ごしらえでどうにかしないといけない場合、こういう事象が発生する、のかもしれない。戦争をしている最中に、童貞かそうでないかに思いを馳せるのはどうなんだろうと一瞬思ったが、過酷になればなるほど、生への本能的な、ダイレクトな欲求が発生するのかなと思う。彼の思考や憂慮は、どこまでいっても自分のためのもの、自慰行為でしかないものである、というのを書いているお話な気がした。
童貞録
独白形式で語られてゆく小説。語りから痛々しさを感じられるのが童貞力を高めていると思う。周囲より方法をわかっているが人間としての表層を演ずるためにあえてそうした表現の択を取っている、というあえての自覚。それ自体が幼く、固着した思考を持った事象を表しているのがよい。独白形式であるため、自分語りに終始してゆくのも「聞いてないのに身の上話を散々聞かされる」風があってよい。かつ語り口が硬いのか砕けているのかわからない塩梅で中途半端になるのもよい。開き直ることで失敗をせず維持されるプライドのようなものつまりはおちゃらけが、童貞性なのかもしれない。射精の描写にやたら力が入っているのが個人的にはすき。価値観がどこにあるのかわからない人の話と思った。
高原あと二分
自問自答の形式をうまく活用しているお話と思った。童貞小説というよりは青春を謳歌する少年少女の読み物、の味がして、いままで読んでいた童貞性質系小説の有していたねちっこさがなかったと思う。あるのは純粋な、少年から大人になる途中の男の子の心情と、その男の子が声をかけた女の子の一挙手一投足。それにどぎまぎして考えすぎるが考えすぎではないかもしれない、いやいやしかし、と思い悩む質感。これがよいお話と感じた。信号前でのはぐらかしがあり、その挙げ句に教室で勃発した「内緒で読んでほしいお手紙」が、かわいらしいやりとりと思った。変化してゆく青年の心象があったと思う。みじかいが、個人的にすきなお話。おわりどころもすき。
/icons/hr.icon
次