井戸端における自由
混沌とした思考から形を見出す作業をしている
結果としての自由と、過程?の自由
何を書くのも、何も書かないのも自由
書かれたことに対して、文句を言うのも自由
文句を言われてやめるのも自由、やめないのも自由
不満を表明されて書きにくくなる人が書けないのは書く自由を奪ったことになるか?
自由は奪ってないようにonuma.iconは見てるけど、結果として書かれるはずだった世界線を摘んでしまっている
書きやさは奪っている
それって損だよねってことで、ある程度自由を制限(萎縮する要素を低減)して書く自由を強くしている
自由には程度があるわけだ
程度があるのは書きやすさか?
んーなんか生えそうと思ったけど、まだだめだ
全員が平等に同程度に自由である世界は存在しないのではないか
平等と自由って混ぜるとキリが無くなる気がする
どっちにも無限の枝葉が生えそう