ポチョムキン
ポチョムキンの名は1780年頃のロシア帝国女帝エカチェリーナ2世の行幸に合わせて、当時併合間も無いタヴリダ県(現在のクリミア半島と、クリミア半島の付け根付近の黒海沿岸地域)の総督にしてエカチェリーナ2世の愛人の一人グリゴリー・ポチョムキンが、エカチェリーナ2世に『みすぼらしい荒地』に作らせた『見せかけの村』の伝説に由来する。 これ自体は誇張されたもので、行幸に合わせて『常識的な範囲での飾り付け』などは行ったらしい。
しかしながら別の言い伝えでは凶作であることを隠すために『見た目だけいい感じ』にして騙したということがあったらしい。
また、この逸話から転じて「外国からの視察団から、不都合な実態を誤魔化すためにでっち上げた、見せかけだけの施設や統計」を揶揄する意味で「ポチョムキン村」と呼ぶようになった。