なんでもパブリックくん
全てが公開されることは美しくない
制作物そのものよりメイキングのほうが主であると鑑賞者が受け取った場合、そこには主従の転倒があります。その転倒こそが主目的である制作物や教育目的などの例外を除けば、十分に魅力的ではない制作物だったか、制作者や鑑賞者が認識している主従がそもそも誤りであるかのどちらかです。
メイキングを公開する(しない)という美意識
メイキングの公開についてやや消極的な話が続きましたが、公開自体は決して悪いことではありません。両者の動機について整理してみましょう。
公開する動機
・後続制作者に対しての教育的効果で貢献することでシーンや社会にとってポジティブな存在でありたい
・制作プロセスを秘匿することで発生する神秘を可能な限り取り除きたい
・制作者の意図はより正確に伝わったほうが望ましい
公開しない動機
・シーンや社会にとってのポジティブさを武器にしたくない
・投入コストが明らかになることによる評価の底上げを防ぎたい
・制作者が伝えたいことは制作物の範囲内で伝えるべきだ
ほとんどは相反するポリシーですが「こんなに簡単に出来るのか」というタイプの制作プロセスの開示は投入コストが鑑賞者の想定より低くなるのでどちらにも属さないものと言えそうです。そして、こうしたポリシーとは無関係な要素として「マメさ」という属性があります。私自身はマメさが欠落しているのでどちらかと言えば公開する美意識側のスタンスでありながら公開しない美意識であると誤認されても仕方がないと諦めている立場です。
自分のリソースはある程度公的に開かれるべきだと考えている
だから特定の企業で副業禁止であるという状況は避けたい
なんか身体は丈夫に親が産んでくれたので血くらいは貢献していきたい