AI小説: 生存指数0.6
1.
時間が引き延ばされていくなかで、ヒロキは訳もなく自身の生い立ちを思い返していた。
与えられた課題をこなす日々だった。リーザは厳しい教師であったが、どの課題もヒロキを効果的に成長させるものだった。それがわかっていたから、ヒロキも素直に取り組んできた。
ようやく星系間移動船の資格を取り、初めて同僚と顔を合わせる日の朝、ヒロキは不安でいっぱいだった。しかし蓋を開けてみれば、リーザからの事前情報の通りにコトが進んだ。リーザを介せば、仲間たちと打ち解けるのは難しくなかった。
それからも、リーザの指示に従い、手堅く安全な仕事を積み重ねてきた。 全て順調だった。
だから、その決断は、ヒロキにとっては珍しかった。しかし特別な理由はなかった。ただふと、その未探索地域に何か面白いものがないかと思い立ったのだ。退屈しのぎの気まぐれだ。ほんの少し覗ければよかった。わざわざリーザに相談することでもないと思った。
2.
目が覚める。奇妙な感じだった。 どのくらいの時間が経ったかわからない。
死んだ、と思ったが、早とちりだったようだ。
り、の口を作って、声が出ない。ゆっくりと意識的に呼吸をして、あちこち痛む体をなんとか起こしながら、ヒロキはようやくプロンプトを口に出した。
「リーザ。状況を」
返事がない。
体を引きずるようにして、なんとかコンソールの前までたどり着く。
『おはようございます。ヒロキ。スピーカーが破損しています。 音声入力は正常です』
この緊急事態にあって、今になるまで起きられなかった理由がわかった。リーザは、ヒロキを起こしたくとも起こせなかったのだ。
「オーケー、リーザ。船の状況を詳しく」
『何らかのトラブルで、重大なダメージを受けました。ログが破損しており詳細不明。 ネットワークにアクセス不能。計算コアの破損率は80%。船の航行能力指数は4.2です』
破損率、80%?
ヒロキは言葉を失った。
この船で破損率が80%といえば、ほとんど人間レベルまで判断能力が低下している状態ではなかったか。 ネットワークにアクセスできないから、他のまともなAIに助けを求めることも指示を仰ぐこともできない。
『バイタルサインに異常が見られます。ヒロキ。大丈夫ですか?ヒロキ。応答してください』
またしても自失していたようだ。今のリーザは、 ヒロキがウィンドウの文字を読もうとしない限り、何の有益なアドバイスも届けてはくれないのだ。
「リーザ。俺は何をすればいい?」
『緊急事態です。生存を最優先にしてください』
なんて曖昧な指示だ。ヒロキは情けなさでいっぱいだった。しかし、これが今のリーザの限界なのだ。
ヒロキは サバイバルマニュアルの内容を思い返しながら、なんとか次の質問をひねり出した。
「一番生存率の高いプランは?」
回答が表示されるまでに、ふた呼吸ほどの時間がかかった。
『これ以上事態が悪化する前に、ネットワークの復旧を試みます。母星方向への移動を提案。生存指数は0.6』
0.6。
命を賭けるには、あまりにも心許ない数字だ。
確かに、航行能力はある程度残っている。中央ネットワークに近づくほど、 アクセス復旧の可能性は高まるだろう。ネットワークにさえアクセスできれば、 万全な状態のAIが、いくらでも状況を解決してくれるはずなのだ。マニュアルに照らしても、おかしなところはない。
3.
―今のリーザを、信じてよいのだろうか?
悪い想像がとまらない。こんなことは初めてだった。
破損率80%である。リーザはもはや、ヒロキとほとんど変わらない、頼りないちっぽけな存在に過ぎないのではないか。
ヒロキはまた、大きく息を吐いた。
そもそも、この状況はヒロキの軽薄な判断が招いたことだった。それまでは、リーザはヒロキを十全にサポートし続けてきたのだ。信じるべきは、己ではない。リーザだ。
「オーケー、リーザ。母星方向に向け出発する」
『かしこまりました』
すぐさま船が息を吹き返した。エネルギーの節約のため、余計な機能を停止させていたのだろう。
『ヒロキ。幸運を祈ります』
短い時間、そう表示して、ウィンドウは沈黙した。 ここからは、こちらの機能が余計ということだろう。
船が、動き出す。
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感想