審査会ふりかえり
水郡線 奥久慈アートフィールドの審査会が5月27日に大子町で開催されました。
JR水郡線 常陸大子駅から徒歩10分ほど、久慈川のすぐ側にある大子町役場内審査会場で長時間に渡り議論が行われました。
多種多様な表現方法のアーティストの方々からたくさんのご応募をいただき、最後まで選出者を決めるのは困難でしたが、素晴らしいアーティストの方々にご参加いただくことが決定いたしました。
2022年度 審査員
渡部康二郎 (水郡線統括センター所長)
大子町副町長
審査会講評
井関悠(水戸芸術館現代美術センター主任学芸員)
2019年、大子町は台風19号がもたらした水害により甚大な被害を受け、町を縦貫するJR水郡線の橋梁が流失した。そのため、大子町はしばらく鉄道が寸断されたものの、一年半にわたる復旧工事の末、昨年3月27日にJR水郡線は全線再開となった。昨年はそれを契機に、水郡線駅舎の賑わいと人々の交流の創出を目的に、水郡線駅舎アートコンペティションを開催、3名のアーティストが大子町に滞在、作品を制作・発表した。
今年から新たなスタートを切る水郡線奥久慈アートフィールドは、昨年の水郡線駅舎アートコンペティションを発展させ、大子町でのレジデンスを通し、奥久慈エリア、大子町、そこに繋がるJR水郡線から広がる壮大なフィールドに更なる眼差しを向けるアーティストインレジデンスのプログラムとして企図されるものである。選出された3名のアーティストには、日本三名瀑である袋田の滝や良質な温泉が湧き出る八溝山系の温泉郷などの観光資源、八溝山を源とする久慈川の流れる奥久慈エリアと、その自然の恵みがもたらす奥久慈茶やりんごなどの豊かな食材、良質な漆や楮などさまざまな素材が生まれる大子町に滞在、自身の創作活動に勤しんでもらうが、当レジデンスプログラムのユニークな特徴のひとつにJR水郡線の活用がある。選出者にはレジデンスの成果発表の場として、上小川、袋田、常陸大子の3駅舎をはじめ水郡線車両内についても展示空間として提示されている。もちろん、無制限に使用できるものではないが、公共的な空間でありながらも安全上、管理が厳格なJRの駅舎を展示空間とすることは、これまでにない試みであろう。もちろん地域の人々や観光客など、多くの利用者も鑑賞者となる。
本年は60件の応募のなかから、大子町赤津副町長、JR東日本水戸支社水郡線統括センター渡部所長、「メゾン・ケンポク」を企画運営する写真家・アーティストの松本美枝子氏とともに選考にあたった。昨年度で建築家やサウンドアーティストが選出されたこともあり、美術以外の分野からの応募も多数見られたが、特に顕著であったのはパフォーミングアーツで、演劇、ダンス、ジャグリングといった多種多様なフィールドで活動するアーティスト、建築、音楽分野からの応募も数多くみられた。以下、3名の選出者について述べたい。
若者の未婚問題やゲーム依存症をテーマにした作品など、人々の生きづらさを描いた会話劇を発表してきた作家・演出家の私道かぴは、大子の街で収集した声から、JR水郡線の一駅を舞台に歴史や自然を題材にした一人語りの物語をインスタレーション作品として制作・発表する。彼女はこれまで演劇だけでなく映像作品も制作してきたが、初めてのインスタレーション作品の制作となる大子でのレジデンスで、彼女にとって新たな世界を切り拓く契機となることを願う。
「人と繋がりの拠り所にするものごと」をテーマに制作する藤村憲之は、企業にUXデザイナーとして勤務し、デザインとテクノロジーに携わりつつ、アーティストとして活動してきた。当レジデンスでは「夜闇と付き合う」というテーマのもと、「都市が失った夜の闇」に着目し、照明を素材とした作品を制作・発表する。大子の雄大な自然から生まれる闇に価値を見出す藤村は、現代社会において闇の持つネガティブなイメージを変換し、私たちに提示してくれるに違いない。
「光とは何か」をテーマに、自然と人の間にある関係を多様な視点から視覚化する作品を制作する千葉麻十佳は、とりわけ太陽光を素材の一部として用いてきた。千葉は「地球をみつける」と題し、大子の地質・地層に着目した作品を制作する予定だが、鑑賞者は彼女の記す手がかりをもとに、鑑賞者は“作品”を探すために散策することになる。私たちは「地球という星の活動を大子町の広大なフィールドを使って体験してもらいたい」という千葉の意図のもと、鑑彼女の眼差した奥久慈の風景を追体験し、そして彼女が奥久慈の大地に遺した作品を目にすることだろう。
選出者3名が大子でのレジデンスを通じ制作する作品は10月25日から秋〜冬の期間に開催されるJR水郡線の各駅をはじめ、大子町なかで展示・公開される予定である。3名の選出者には、それぞれが大子の人びととの交流や豊かな自然との対話を通し、自身の新作を育んでほしいと思うとともに、それぞれの作品が大子の町と水郡線に賑わいをもたらしてくれることを期待している。
松本美枝子(美術家、写真家)
審査を終えて
まず、大子町赤津副町長はじめ審査員と事務局一同は、応募プラン全てに対し、いずれ大子で制作されるかもしれない作品として、そして、やがてその作品を見に大子にやって来る人たちまでを想像しながら議論を進めた。結果として時間をかけた大変ていねいな審査になった。あの真摯な議論の時間は、これから大子町で作られる3つの作品にとって、きっと良い作用を及ぼすだろうと思っている。
選ばれた3名のプランには、大子の町に存在するさまざまな事象をどう捉えているのか? というところに着目した。さらに踏み込めば、短期的な視点ではなく、長い目で見れば必ずこの町の可能性にもなりうると思えた作品プランが、結果的に選ばれたと思う。また作品プランが、より具体的だった部分も大きい。これからは町やJRのみなさんと協働して、さらに良いプロジェクトになっていくことを期待したい。
最後の議論まで上り、惜しくも選ばれなかった方たちも、いずれこの地で新たな作品として展開できる要素が詰まったものばかりだった。また形を変えて、それらの作品に出会えることを楽しみに待ちたい。
さいごに
今年度OPEN CALLでは、広い地域から多様な表現者の皆様に関心を持っていただき、たくさんのご応募をいただきました。滞在するアーティスト達は、水郡線や大子町をより深く理解し、地域の人々と交流し共同で制作していく、その先にあるのが作品の発表となります。私達はアーティスト達とコミュニケーションを取り、共同で制作していくつもりで進めていく、アーティスト達が何をしたいかを一緒に考えていくことが大切になります。それらを地域に還元し、水郡線、大子町の魅力を伝える為に芸術と一緒に栄えていくことができれば幸いです。
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