記憶史はもっぱら記憶の―つまり過去への遡及の―産物である歴史の意義や連関という側面に専念するものである(...)そしてそれは後世の読者によって当てられる光のうちにのみ現れる(...)過去というものは単純に現在によって「受け取られる」のではないのだ。現在というものは過去によって「とり憑かれた」ものであり、過去は現在によってモデルとされ、創作され、創作し直され、再構築されるものなのである