現実的個人的人間が、抽象的公民を自分の中へと取り戻し、個人的人間として、その経験的生活において、その個人的労働において、その個人的諸関係において、類存在者(Gattungswesen)となったときにはじめて、人間が彼の「固有の諸力」を社会的諸力として認識し組織し、したがって社会的力を政治的力としてもはや自分から分離しないときにはじめて、そのときはじめて、人間的解放が成されているのである