太宰治
https://scrapbox.io/files/643d2530774db8001b253d70.jpeg
序章(1&2)
槙島もそうだが、一定基準を超えた容姿と所作の端麗さは、畏怖まで達するな
蛇と蝮が心身をゆっくりと、ただ絶えず侵食していく醜悪さの表現が美しい
「夏の花が好きなひとは、夏に死ぬっていうけれども、本当かしら」ねむの花が好きな母
「私なら薔薇ばらがいいな。だけど、あれは四季咲きだから、薔薇の好きなひとは、春に死んで、夏に死んで、秋に死んで、冬に死んで、四度も死に直さなければいけないの?」って私
昨年は、何も無かった。
一昨年は、何も無かった。
その前のとしも、何も無かった。
戦争に対してのニヒリズムな詩、虚無の表現が美しすぎ /icons/hr.icon
https://scrapbox.io/files/640f5fd4544f4e001b423eec.png
恥の多い生涯を送ってきました
脛に傷持つ(既往ぽ)年月を経て肉へと侵攻した傷が系譜であり象徴。犯人意識と共生していく、その姿勢が科学の幽霊として形成させてる一貫性があって秀逸 その翌日も同じ事を繰返して、 昨日に異らぬ慣例に従えばよい。 即ち荒っぽい大きな歓楽を避けてさえいれば、 自然また大きな悲哀もやって来ないのだ。 ゆくてを塞ぐ邪魔な石を蟾蜍は廻って通る。 by ギイ・シャルル・クロオ
バイブルとしては第三の手記の一までをお勧めする(勿論文学としてはラストまで)
『こころ』もそうだけど一般人は人妻、知識人は未亡人好きなのおもろいよな