天候が穏やかな時に船の中で静かに座っていることは、信仰の姿ではない。しかし、船に穴が開いた時、港を目指しながらも絶望せずに、熱意を持ってポンプを動かし船を浮かべ続けようとする―これこそが信仰の姿である。そして、その姿が長期的には不可能性を孕んでいるとしても、それはあくまでその姿の不完全さに過ぎない