この自然、われらが善良なる主人がわれわれを地上に置かれたのはただその宝物とその善意の賜物を享受するためであり、この規則に従って目が見たいと望むものは目に何も拒まず、耳が聞きたいと望むものは耳に何も拒まず、われわれの感官がその自然な働きに従って行おうと求めるものは感官に何も拒んではならず、その逆をすることは自分を歪めることであり、自然に暴君のように命令し、自然を否定することである