手記.2026
6/18 “キルケゴールを読んだサド”
近代。それは客観的秩序の崩壊であり、絶対性の解体であり、接近する死と、到来するニヒリズムのデーモニッシュなファンファーレである。
そうして人類が直面した実存的クライシスに、まるでデューラーの描く《騎士と死と悪魔》の如く、哲学という剣と共に、果敢にも立ち向かった騎士がいた。彼らは歴史上、実存主義者と呼ばれる。
キルケゴールが唱えるは、神学、形而上学、科学を象徴とする客観的確実性ではなく、主観的な、それも「客観的不確実性」を帯びた内的主観性を意志と覚悟をもって、選び続ける責任の哲学であり、それはニーチェ、サルトルと続く、勇気と選択と力の思想、クローチェの言葉を借りるなら「勇気と雄々しい態度を要する」ニヒリズムの打開である。
しかし、このような方途は果たしてオルタナティヴ足りうるのか。なぜ彼らの功績を持ってしてもなお神なき人間の悲惨に人は苦しみ続けるのか。ひとえにそれはその選民性である。勿論、実存に抗う騎士たちもこのことを理解していたことだろう。しかし、彼らはそれを倫理お得意の当為論として片付けてしまった。ここに近代超克の限界が存在する。
ジョージアからフランスのトゥールーズへ向かうための便に乗り、幾度も繰りかえしたこうした問いを思索しながら、地平線を超える朝日を眺めていたとき、わたしの実存的暗雲に光明を差しこむはまたしてもかの聖公爵であった。
「不安は自由の目まい」であるとしたキルケゴールは、だからこそ、その客観的不確実性を勇気と責任をもって主体的に選び取ることを訴えた。確かにサドはその類稀なる慧眼をもって、幾千年もの時を経て精巧に建設され、人類の頭上、あるいは背後に聳えたつカテドラルを崩壊させてみせた。その禁書として指定されるまでの文学的テロルは、いままでに前例のない力を有していた。しかし、同時にそれは客観的不確実性の顕現であることは不可避であり、そうであるならば我々の選択とは誰にも裏付けられることのない領域に属する。こうしてかの騎士たちは勇気を持つしかないのだと、我々を鼓舞するのだ。
ただサドを愛し、その天賦の才に溺れた私はこのとき、一連の思索が歴史的な順序の呪縛のもとに晒されているのではないかと、すなわち、思想史という系列がある種の固定的な因果を与えているのではないかと考えた。確かに、もし、キルケゴールがサドを読んだならば、先ほど論じたように答えることだろう。しかし、サドがキルケゴールを読んだならばどうだろうか。もし、神のいたずらで、歴史の因果が逆さまとなり、思想の水脈が逆流し、異なる地平線が成立したなら、サドは新たなる近代超克の扉に立ち会っていたのではないか。
すなわち、サドの審美眼をキルケゴールに重ねあわせることで、この世界は、我々の認識は、新たなる秩序へと反転する。先ほど論じたように、サドのそれは前近代における神学や哲学、そして近代以後の科学が主張してきたような客観主義を拒む点に、キルケゴールやニーチェ、サルトルらと立場を共にする。しかし、彼らのように客観的不確実性を伴う内的主観性を、意志のもとに固定させるのではない。確かに、客観的に不確実、不安定だ。だが、サドのそれは、勇気と責任による選択ではなく、むしろ内発的に導かれた主観的真善美。思弁によって揺るがしても、感情を天秤にかけても、常に自らが惹きつけられ、想いを寄せてしまうなにか。豊穣な花園のうちで、理由があれ、なかれとも、愛してやまない、止めることのできない。そのようななにか。それを彼らは選ぶ。いや、もはや選ぶのではない。必然的に、不可避的に愛でる。尊ぶ。それは客観的に不確実だ。そう知っていたとしても主観的に確信的で在り続ける。恋愛であれ、信仰であれ、神であれ。
零れるもの、溢れだすもの、湧きいずるもの。誰かに否定されようとも、客観的に不確実であるとされてもなお、せきとめることのできない想い。他者から非難されても、科学から否定されても、それでもなお一緒に居たいと思うひと。それでもなお心揺さぶられ、陶酔するもの。
そのようなものを我々は、責任と覚悟をもって選びとっているのだろうか。所詮我々は、そうではないとつい手放してしまうようなか細い糸でしか、繋がることができないのか。いつかの作品で描かれたあの者の愛は、それほど脆く、儚いものなのか。
私が世界でみてきた地平は、ひとの想うこころは、それほどやわではない。存在ときりはなせない程に、不可分なものとして。あたりまえのものとして、我々はなにかを、だれかを想うことができる。ある者にとってそれは神かもしれない。またそれは己が子かもしれない。それは愛する者かもしれないし、作品かもしれない。例えば一つ何かあなたが心のそこから好きだと思う作品を、文学でも、映画でも、音楽でも、ゲームでもいい、それがなければ家族でも彼女でも、著名人でもいい。そして、あなたが、それをあらゆる客観的な論拠で否定され、他者から冒涜された場合を考えてみてほしい。自らしか、その価値を信じることができなくなったと、考えてみてほしい。そのとき、あなたはそれを手放せるだろうか。あなたがかつて感じたあの感動を、あの記憶を、想いを容易く手放せるのだろうか。
この反駁は、誰もが可能である。熱狂や没頭、感動や陶酔、誰もが媒介することなく、己が心だけで事足りる得るそのような一連は世界のどこにでも広がっている。主観的な絶対性を、内的確信を、客観的な否定や虚無にさらされてもなお、こころのうちに抱くことができる力を、我々人類は有しているのだ。
思えば、幸福も救済もすべてが内的確信以上のものではない。客観的な所与は確かに、それを可能にする強力な支柱のひとつではあるが、幸福や救済を直接的に決定づける条件にはなり得ない。客観性とは主観性を下支える役割に過ぎないのである。ひとたび、神の存在に内的な確信を得ることができれば、自分の人生を捧ごうと心から想える家族や子供ができれば、これこそが使命だと確信できる事業や領域を発見することができれば、叶えたいとおもう理想やヴィジョンを確信すれば、意味と当為は必然とその生を満たす。そこに客観的な裏づけなどいらない。それを跳ねのけるほどの内的確信があれば、それはかつての神ほどに、かつての信仰ほどに確実なものとして、自らの実存を癒すことだろう。
したがって、キルケゴールを読むサドはこう言うだろう。確かに、客観的な次元は崩れ去りつつあり、我々はそのすべてを内側に求めなければならない時代の渦中にいる。実存哲学というものはどうやら客観性こそが安定化に寄与する諸力であり、主観性とは不確実で、脆弱であり、強固な覚悟と意志がなければ、我々は所与を固定化し、盤石な大地に立脚することができないと考えているようだが、果たして本当にそうだろうか。我々人類はそのような客観的不確実性のもとにあっても、勇気と責任の支えなくして、主観的な内的確信を宿すことができるように思う。そして幾つもの文学や宗教、歴史がそれを証明している。ゆえに、甲冑を脱ぎすて、剣を放棄し、裸になって内的確信への旅路に出るのだ。その先に美徳はある。その過程で出会うすべてに客観的な裏付けなど必要ない。ただ背伸びをせず、偽らず、ありのままの自分であり続ければいい。自分のこころにすべてを委ねるだけでよいのだ。あなたは自らの赴くままに、進み、感じ、確信すればよい。そしてそれこそが美徳になり得るのだ。なぜなら、客観的な地平が崩壊したいま、あなたは絶対的に自由なのだから。
6/19 “哲学の役割”
歴史を反転し、サドの受肉をもってキルケゴールを逆さまに読むことで、勇気と責任を放棄してもなお、内的確信とは客観的な系譜と同等、或いはそれ以上に安定的な地盤となることを論じた。わたしはこの歴史因果の針をさらに巻き戻すことをしてみたい。そこで語らなければならないのは、客観的ニヒリズムから主観的懐疑主義、そして内的確信へと至った好例としての近代の創始者、デカルトである。
現代の科学的知見に照らしあわせてみれば、思弁によって帰結される自己などは虚妄に過ぎないと言えるかもしれない。いわば、客観的に間違いであるのだ。しかし、そうした反駁は本当に意味をなすのだろうか。すなわち、コギトとは客観的確実性として導出されるのではなく、主観的懐疑による内的確信として再び価値を持つのだ。たとえ、それがどれだけ否定に晒されようと、どれだけ実証的に虚偽とされようと、これからも私たち人類の一定数はデカルト的な手立てによって、コギトの内的確信を得ることができる。そして、それが真に中心的な確信である場合において、その者の当為論へと架橋されるのだ。
このことは宗教においても同様のことが言える。すなわち、神や教義とは度々科学がその批判対象とする客観的確実性としてではなく、主観的確実性、内的確信に至る方途として再評価されるべきなのである。宗教とはその体系を客観的事実であると主張することで内的確信を強力に補助しているに過ぎない。しかしこれは宗教が客観的事実であるとする主張をなにも否定し、宗教は真理でなく、科学が置き換わるなどといったつまらない話をしたいわけではない。なぜなら、宗教も科学も幸福を筆頭とした内的確信においては同じ役割しか持たないのだ。科学において、彼らがいかに幸福であることの客観的事実を主張しようと、その証明を提示しようと、内的確信を得られなければその主体においてその対象は客観的事実として想定された機能を有さない。すなわち、科学も内的確信を基礎とした宗教であるのだ。したがって、いかなる体系がいかなる論理論証をもって主題に啓蒙を行えど、それが内的確信を与えなければ、主体がその対象を真理として扱うことはない。たとえ神が実在しなくとも、神を確信したとき、神は真理として存するのだ。
すなわち、世俗的な魂の治療とは、客観的ニヒリズムのうえに成立する内的確信への導きに他ならない。哲学とはその典型であり、魂の医師に可能な一つの理性的な方途に過ぎず、またそれが書籍という治療であることからも、魂の治療とは医師の技術によってのみ齎される恩寵などではなく、愛や仕事、芸術によってその役割を担うこともある。しかし、ウィトゲンシュタインが哲学に病める者は哲学にしか治療し得ないとしたように、世俗的な魂の治療を目的と掲げる理性の次元において、そして、神なき時代の実存的問題において、哲学は重要な位置を占めるのだ。近代以後、哲学は科学によって客観性の役割を奪われたが、神学によって主観性の役割を与えられた。したがって、キルケゴールやニーチェもまたその方法論の一つに組みすると言え、その意味で「サルトルの(...)哲学は(他のすべての哲学と同様に)第一級の民族誌的資料である。現代の神話を理解しようとすればその研究は不可欠だろう」としたレヴィ=ストロースの議論は重要である。すなわち、理性的な内的確信への手立てを拡張し続けること、これが宗教のオルタナティヴとしての哲学の一つの重大な役割であるのだ。その意味でデカルトとサルトルを繋ぐフッサールとは、わたしの唱える内的確信のある種のヴァリエーションである。
フッサールが存在論と実在性の次元で確信がもたらす導きを指し示したのならば、わたしは当為論と実存の次元で、救済と幸福の次元で、確信がもたらす導きを指し示す。客観的次元を消去し、内的確信へと向うことで一方は世界を説明し、他方は意味を回復する。そして、その両者が根ざすのは共にデカルトの道、近代の始原であるのだ。
『省察』を読んだプファルツ選帝侯家の冬の女王エリザベト。彼女がデカルトに贈ったこの言葉は、デカルトがもたらす救いの可能性を触知することのできた、その軌跡なのかもしれない。