榎本海月・藤井朋美・山下紗輝衣「御茶ノ水の隠れた物語」
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――日々忙しなく人々が行き交う、御茶ノ水。
一見、滞在空間がないように見えるこの街は、一歩ひとけの無い路地裏に足を踏み入れると、
そこには表からは見ることのできない「隠れた滞在空間」がひっそりとたたずんでいる。
私たちはこの「隠れた滞在空間」に魅力を感じ、これこそが御茶ノ水の本質であると考えた。
これを建築手法に落とし込むことで、御茶ノ水らしいウォーカブルストリートのあり方を提案できるのではないかと仮定した。
建て替え計画が進行中の福田ビルとその街区を中心に、表の茗渓通りからは想像もつかないような空間が街区の中心部にひっそりとたたずんでいるような建築を提案する。
Research:止まれない、御茶ノ水
今回の計画エリアである御茶ノ水は、江戸時代の頃は武家屋敷として栄えていたが、現在は大学や専門学校、予備校が数多く集まる日本を代表する学生とサラリーマンの街となっている。また、1980年代の御茶ノ水では純喫茶で待ち合わせをすることが主流であったが、かつてあった喫茶店は半数以下に減ってしまい、一杯の珈琲で何時間も喫茶店内で議論を交わしていた学生の姿はもう見ることが出来なくなってしまった。
エリアリサーチを重ねていくにつれて、御茶ノ水の街に対して「目的地に向かって忙しなく人々が行き交う、止まれない」という印象を抱いた。この街を一言で表すのであれば「滞在というアクティビティが欠落してしまった街」と言うことができる。しかし、このような印象は表層をただ見ているに過ぎず御茶ノ水の本質はもっと別のところにあるのではないかという疑問が生じた。
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Research:隠れた滞在空間
一見、滞在空間がないように見える御茶ノ水の街だが、一歩ひとけの無い路地裏に足を踏み入れるとそこには表からは想像することのできない「隠れた滞在空間」がひっそりとたたずんでいる。この表に現れているわけでもなく、見え隠れしているわけでもなく、隠れている。これこそが「御茶ノ水らしい空間」の本質であると仮説を立てて設計を行った。
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Concept:御茶ノ水の隠れた物語
私たちは隠れた場所に滞在空間があることを御茶ノ水の本質であると捉え、茗溪通りの表層ではなく、あえて街区の裏側の広がる隠れた空間に着目し、隠れた世界の物語を描く。
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Research:計画敷地
茗渓通りと紅梅通り、明大通りの3つの通りに挟まれたこの街区を計画敷地として選定する。この敷地は、御茶ノ水で唯一の路地空間が残っている場所であり、路地の中央部分には御茶ノ水の本質とも言える「隠れた滞在空間」がひっそりと存在している。私たちは「現存する御茶ノ水最期の路地空間」を継承すると共に、その路地空間を設計の手法とすることで、御茶ノ水の本質的なウォーカブルストリートを提案する。
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Zoning:計画概要
既存路地を挟んで東側をSITE A、西側をSITE Bと設定する。SITE Aは福田ビルの建て替えを主として周辺建物の一部改築を行う計画となっており、SITE Bはお茶の水日健ビルと立ち呑みピンの改築と2つの建物を繋ぐデッキの新築を主とした計画とする。
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Method:立面ダイアグラム
茗渓通りに面する建物のファサードに1つ1つ目を向けると、ファサード面に対して1階と2階の間に仲介材(庇、看板、ヴォイド、見切り材など)をインサートする(1階と2階の間に操作を加える)ことで、1階とそれ以上の階でファサードが分断されていると誤読できる。今回の提案では1階部分をセットバックさせることで、ファサードを分断し構成しながら、周囲に馴染むようなデザインを行った。
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Method:既存路地の分析及び隠れた滞在空間の設計手法
既存路地を分析すると、
1,茗渓通りからみて細く曲がることのなく、ただ、まっすぐ抜ける道。
2、開口部のない裏、滞在空間の表、が路地の中で交互になる「裏表裏」の原理。
3、表の空間のみに現れる庇。
によってこの空間が構成されていると仮定できる。これらを設計手法とし、隠れた滞在空間を設計した。
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Method:平面ダイアグラム
上記の分析を元に御茶ノ水の隠れた滞在空間を設計する。細くまっすぐ伸びた細道の先には、表から想像もつかないような世界が広がっている。
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Program:運営スキーム
4階に事務所のあるアリの巣の会と茗渓通りの店が協力することによってこの場所は運営されている。
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Plan:各階平面図https://gyazo.com/215ece08543a4c901b2fecf35ac9552c
Suggestion:生きられた都市空間とは
現在の茗渓通りのファサードは開いているようで閉じている状態にあるように思う。今回提案した隠れた滞在空間を作ることで、この場所を体験した人は潜んでいる空間に対して感覚が研ぎ澄まされ、茗渓通りに何かがあるかもしれない、発見できるかもしれないという、チャンスに気が付くことが出来るようになるはずである。どこかに寄り道してみようと思ったり、店の中を覗き込んでみたり、ただ忙しく通り過ぎていた人は世界の見え方が変わるのではないだろうか。この見え方が変わった瞬間、茗渓通りはウォーカブルストリートに変わったといえる。
さらに、御茶ノ水には地図のように路地が散らばっている。今はその路地への入口が塞がれてしまっている場所が多いが、今回の提案の様に手を加えれば、その散らばる路地に対して「何かがあるかもしれないし、無いかもしれない」覗くまでわからない状態を作り出すことができ、宝探しの様に御茶ノ水の街を歩くことが楽しくなるのではないだろうか。
これこそが御茶ノ水におけるウォーカブルストリートだと私たちは結論付ける。
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epilogue:御茶ノ水の隠れた滞在空間と私たちの物語
ー2021年7月28日。
この物語の原点「立ち呑みピン」が人知れず看板を降ろした。
私たちの提案が賞を頂いた2日後のことだった。
仲間と酒を呑みながら共に語り合ったあの場所はもう存在しない。
御茶ノ水の裏側の魅力が街全体に広がっていく未来を思い描いていたが、
実際に消えてしまった今、改めて淘汰されてしまう無力さを体感した。
時代の変化に伴って、消え去りつつある風景。
しかし、誰かが覚えていればきっと戻ってくるだろう。
だから、私たちもこの物語を記憶に刻み続ける。
また戻ってくるその日まで。
講評:ウォーカブルストリートを考えるときに茗溪通りなどのメインストリートを考えがちだが、極小な幅員の路地とその奥性に「隠れた滞在空間」として魅力を見出したのは目から鱗だった。綿密なリサーチを経て、アリの巣に見立てた、リノベーションと新築の混ざる空間群は、彼ら独自のレンズから見えた街の魅力や面白さの詰まったもの。裏が魅力的になれば表も街も面白くなる、そんな街の魅力のエンジンは奥底にあるものなのだろう。 (泉山)
KENCHIKU SHUKAN EXHIBITION 2021