楊井愛唯「織物産業と共にある暮らしの風景再考―群馬県桐生市におけるノコギリ屋根工場を対象とした転用手法の提案―」
修士設計/2024年度
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はじめに
今日、日本には産業の過程を物語る産業遺産が多く存在し、産業遺産の保存活動や活用への関心が高まっている。本来産業遺産を残す目的は、その産業の歴史や文化を後世に伝えるためであったはずであるが、産業遺産の活用にあたって新たに機能をもたせる際に、従前の産業や文化に対して十分に配慮されていない事例も多くみられる。
背景
群馬県桐生市は群馬県桐生市は江戸時代から絹織物の産地として栄え、明治、大正、昭和戦前まで桐生地域は機業・絹織物(服地・帯地)の産地として発展してきたが、90 年代にり衰退し、桐生の中核産業の地位を失ってきた。
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その間、明治期から昭和初期にかけて繊維産業の発達に伴い、多数の工場が建設されたものの、織物産業の最盛期は桐生市内に約360件あったノコギリ屋工場は今も減少し続けている。
現在、市内には工場として稼働しているものもあれば、べーカリーやアトリエなどに転用されたり、活用されずに放置されたりしているノコギリ屋根工場も数多くある。
かつて「日本のはたどころ」と歌われた桐生だが、現在工場は住宅地の中で影を潜め稼働し、ノコギリ屋根工場では織物産業とは関係の薄い活用が広がっている。
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調査:A織物既存施設・敷地周辺
計画敷地とするのは、工場内部の調査を行ったA織物の既存施設とその周辺の空き家を対象とする。敷地の選定にあたり、ノコギリ屋根工場をはじめとする既存の産業施設と周辺の住宅を築年数別に分類し、プロットした地図を作成した。
聞き取り調査からは、以前工場の東側の建物は染屋であったが、現在建物は使われずに残されていること、敷地南側には別の機屋があったこと等、周辺に織物産業の痕跡が残されていることがわかった。
また、A織物の建物群の構成は、染色・撚糸、製織といった織物生産のシステムをそのまま現しており、現存する建物群は日本遺産に認定されている。
https://gyazo.com/28b53779d1d148ec01552a408144a293(国土地理院地図より作成)
計画概要
1.全体計画
桐生では、それぞれの機屋が異なる品種の織物を生産し、各業者が点在していることが特徴であった。しかし、そのような生産形態も時代によって変化し、人々の生活の中心であった織物産業の生産工程はブラックボックス化している。
の調査から、産業施設は周囲の住宅と近接しながらも、用途を失い建物のみが残されていることがわかった。周辺の住宅は建て替えらえたり、空き地になったり更新される一方で、工場をはじめとする産業施設は当時のまま置きざりとなっている。そこで、工場や敷地内部だけでなく、住宅街の中にも生産の工程を散りばめ、織物業の現場を可視化させることで、生活と産業が混ざり合う風景を再考していく。
そして、かつてA織物の施設で行われていた染色、糸繰、製織、整理の4つの工程を一つの工場内ではなく、それぞれの工程を紐解いた形で住宅街の隙間にも配置する。
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2.分析・設計手法
織物の街としての暮らしを再考するにあたって、産業のふるまいによる風景の収集・分析を行った。
ⅰ.抽出
工場への見学や調査によって得られた産業の風景からスケールや、建築的操作、工程ごとの空間の特徴と思われる箇所をスケッチ等から分析した。織物産業の様々なシーンをカードにまとめ、産業のふるまいによる風景の抽出を行った。
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▲分析カード
ⅱ.分解
ⅰで抽出した17のシーンからそれぞれの風景を空間・形・環境・素材・モノに分類し、さらに細かい要素に分解する。
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ⅲ.翻訳
分解した特徴から織物産業の風景を再解釈し、産業の風景を要素に解体し、翻訳し直すことで生まれた14のアイコン的形態と操作を用いて設計を行い、生活に織物産業が介入していく風景をつくりだす。
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▲織物産業の14 のアイコン的形態と操作
3.プログラム
産業施設に対し、地域住民が日常的に利用するプログラムを複合させることで、住民同士だけでなく、住民と職人、職人同士の交流が行われる場として計画する。織物の生産が関係づける「住民同士」、「住民と職人」、「職人同士」の3つのシーンをケーススタディとして想定し設計する。
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設計概要
https://gyazo.com/a9f621adb529452e95b88a4c8a49d979▲配置図兼屋根伏せ図
Scene1「染色×シェア工房」
A織物既存施設の旧釜場と敷地東側の染屋として使われていた空き家の改修を行い、職人のシェア工房として計画する。
旧釜場では既存の躯体と浸染で発生する蒸気を逃す置屋根の機能、形態を活かしながら熱・風などの環境を整える装置として再活用する。東側の外壁に新たに開口を設けることで、風通しをよくするとともに、住宅街への視線の抜けが生まれる。開口から見える小屋組みに干された生地は、住宅街の新たな風景の一部となる。
空き家部分には引染を行う引場、染めた生地を水洗いする水場を設けた。反物を張るために必要な12mのスケールを既存建物に適用させ設計を行う。また、密集して建つ既存建物を一部減築し、躯体と屋根を残しながら住宅街から通り抜けできる路地を設けた 。
東西に貫く路地が地域住民の生活動線となり、職人たちの動線と混在することで、日常と織物産業をつなげる場へと変わった。
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https://gyazo.com/6fd4786f419551990fbb0113c20a2327▲Scene1. 釜場平面・断面図
https://gyazo.com/fe76d0d8cf3042e02a2bf46f2b5b1e04▲Scene1. シェア工房 1階平面図
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Scene2「糸繰・製織×ラーニングセンター」
A織物既存施設である工場の改修を行う。単なる通路ではなく、糸繰・製織の工程を巡りながら織物産業を学ぶことができる、ファクトリーの機能を掛け合わせた地域に開かれた工場建築として計画する。
南北方向にノコギリ屋根を切断するようにガラスのボックスを貫通させる。ガラスの内側はノコギリ屋根の小屋組みに挟まれたおおらかな空間となる。このボックスは敷地正面の表門から敷地北側の加工場までを結び、A織物の新たなエントランスになると同時に人とモノがながれる動線としても機能する。
工場での見学・体験を終えると、2階から西側の展示棟へアクセスする。工場のボリュームを引き伸ばしたように建ち、ノコギリ屋根の北窓から差し込む光利用した展示を見ながら織物産業の歴史を振り返る。
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https://gyazo.com/246fb279862618e5b847d257b6beb6c4▲Scene2. ラーニングセンター 1 階平面図
https://gyazo.com/e9ea73f1d4d1ab0b51692db1f0d7fa29▲Scene2. ラーニングセンター 2階平面図
https://gyazo.com/610c3699350cd01da68c1b664a24f8fc▲Scene2. ラーニングセンター 断面図
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Scene3「整理×集合住宅」
敷地北側には整理の工程を含んだ集合住宅を計画する。1階の工場と接続した部分ではワッシャー機による練り加工を行う。この加工方法は桐生特有のもので水と一緒に多方向に回転させることで、生地に風合いや表情をだす。加工場の横には住人や地域住民が利用できるランドリーが並び、待ち時間が住人と職人の交流のきっかけとなることを期待する。
整理・加工が済んだ生地は干場でダラ干しなどの乾燥を行う。干場の櫓や塔状の建物は地域のシンボルのように住宅街に表出し、干された織物は住宅から見える風景の一部になる。建物をささえる架構は、干場の架構と混ざりながら住民が洗濯物を干したりモノを吊るしたり、植物を育てたり敷地を超えた先にも広がっていくことで、生活の風景を作り出す。
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https://gyazo.com/e90b359154a8438dda5f0bc862ab7df9▲Scene3. 集合住宅 1 階平面図
https://gyazo.com/5315c739e3bd7d7d9dec9d0e24ba182f▲Scene3. 集合住宅 断面図
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おわりに
本計画では、織物の街としての風景を再考し、現在の桐生の人々の暮らしと織物産業との関わり方を捉え直すことで、桐生の織物産業の文脈を継承した産業遺産の転用手法を提案した。
衰退がすすむ産業を継承していくためには、より多くの人間でその産業の技術や歴史を共有することが必要ではないだろうか。本計画は、織物産業をもう一度人々の日常に近づけることで、地域コミュニティの強化、そして産業を次世代へ継承していく産業複合施設としての可能性があると考える。
指導教員: 山中新太郎
講評:ここに入力(改行は不可)(山中)
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