最高裁判所昭和61年4月11日第二小法廷判決
《全 文》
【文献番号】27100040
運送代金請求事件
昭和五七年(オ)第二七二号
同六一年四月一一日第二小法廷判決
上告人 控訴人 原告 渥美運輸株式会社
代理人 富岡健一 外三名
被上告人 被控訴人 被告 破産者樽前運輸有限会社破産管財人 藤野義昭
主 文
上告人が破産者樽前運輸有限会社に対し札幌地方裁判所昭和五八年(フ)第四八〇号破産事件につき二六〇万四一三〇円の破産債権を有することを確定する。
当審における訴訟費用のうち新訴に関して生じたものは、被上告人の負担とする。
理 由
一 原審が適法に確定した事実関係及び記録上認められる本件訴訟の経緯の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、昭和五四年六月二七日、有限会社森田土木運輸(旧商号有限会社三東運輸。以下「訴外会社」という。)から同社の破産者樽前運輸有限会社(以下「破産会社」という。)に対する昭和五四年七月末日までの運送代金債権五一一万〇二八八円(以下「本件債権」という。)の譲渡を受け(以下「本件債権譲渡」という。)、同社は、同年六月二八日ころ到達の確定日付のある書面をもつて破産会社に対し、本件債権譲渡の通知をした(以下「本件譲渡通知」という。)。上告人は、同年七月六日、破産会社から本件債権のうち二六六万三三九五円の支払を受けた。
2 訴外会社は、本件譲渡通知ののち、同年八月八日ころ、上告人の債務不履行を理由に本件債権譲渡を解除し、そのころ破産会社に対し、その旨通知したが、右解除が訴外会社の誤解に基づくものであることが判明し、同年九月一日ころ、破産会社に対し、前記解除を撤回する旨の通知をした。
3(一) 石川正三は、札幌地方裁判所において、訴外会社に対する債権に基づき、訴外会社の破産会社に対する本件債権中二一五万一一五一円(以下「本件債権部分」という。)について、同年八月一五日仮差押命令を、更に、同年一一月一日債権差押・取立命令を得、右各命令は、それぞれそのころ破産会社に送達された。
(二) 破産会社は、前記解除通知を受ける以前に訴外会社代表者から本件債権譲渡契約を解除する旨聞き及んでいたので、右解除は有効にされ、本件債権は訴外会社に復帰したものと信じていたところ、その後右仮差押命令の送達を受けたのちに、訴外会社から右解除の撤回の通知を受けて、訴外会社の一貫しない態度に不審を抱かなくはなかつたが、更に右債権差押・取立命令が送達され、かつ、右命令により被差押債権の取立権者とされる石川の代理人たる弁護士入江五郎から再三の催告を受けて、裁判所の判断に過誤なきものと考え、右命令に従つて、同年一一月二一日、本件債権部分の金額を石川の右代理人に対して支払つた。なお、上告人は、破産会社に対し、同年九月二八日ころ支払催告書で支払請求したほか、その後、時折口頭の支払催告をした。
4(一) 以上の事実関係のもとにおいて、上告人は、破産会社に対し、本件債権の残額二四四万六八九三円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年八月五日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
(二) 第一審は、上告人の請求のうち二九万五七四二円及びこれに対する遅延損害金の請求部分を認容し、その余を棄却し、原審は、右判決の上告人敗訴部分に対する上告人の控訴を棄却した。
5(一) 破産会社は、原審の口頭弁論終結後の昭和五九年二月一七日、札幌地方裁判所において破産宣告を受け(同裁判所昭和五八年(フ)四八〇号破産事件)、被上告人が破産会社の破産管財人に就任した。被上告人は、上告人から右破産事件につき届け出られた本訴請求にかかる前記4の(一)の債権のうち本件債権部分及びこれに対する遅延損害金について異議の申立をした。
(二) 上告人は、当審において、前記4の(一)の請求のうち右異議の申立にかかる一、二審での敗訴部分につき、主文第一項同旨の判決を求める旨の訴えの変更をし、被上告人において右訴えの変更につき同意した。
二 ところで、債務者に対する金銭債権に基づく給付訴訟が上告審に係属中に、当該債務者が破産宣告を受け、破産管財人が、届け出られた当該債権につき異議を申し立てて、前記訴訟手続の受継をした場合には、当該訴訟の原告は、右債権に基づく給付の訴えを破産債権確定の訴えに変更することができるものと解すべきである。したがつて、上告人の前記訴えの変更は有効である。
三 上告代理人富岡健一、同木村静之の上告理由は、右訴えの変更により原判決の上告人の敗訴部分が失効したことに伴い、対象を失うに至つたが、訴えの変更後の上告人の新請求に関しても同一の問題が存し、右上告代理人らは新請求につき同旨の主張を維持しているものと解されるので、右上告理由指摘の問題について順次検討することとする。
1 右上告理由第一点指摘の問題について
二重に譲渡された指名債権の債務者が、民法四六七条二項所定の対抗要件を具備した他の譲受人(以下「優先譲受人」という。)よりのちにこれを具備した譲受人(以下「劣後譲受人」といい、「譲受人」には、債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令及び差押・取立命令の執行をした者を含む。)に対してした弁済についても、同法四七八条の規定の適用があるものと解すべきである。思うに、同法四六七条二項の規定は、指名債権が二重に譲渡された場合、その優劣は対抗要件具備の先後によつて決すべき旨を定めており、右の理は、債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令及び差押・取立命令の執行をした者との間の優劣を決する場合においても異ならないと解すべきであるが(昭和四七年(オ)第五九六号同四九年三月七日第一小法延判決・民集二八巻二号一七四頁参照)、右規定は、債務者の劣後譲受人に対する弁済の効力についてまで定めているものとはいえず、その弁済の効力は、債権の消滅に関する民法の規定によつて決すべきものであり、債務者が、右弁済をするについて、劣後譲受人の債権者としての外観を信頼し、右譲受人を真の債権者と信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失のないときは、債務者の右信頼を保護し、取引の安全を図る必要があるので、民法四七八条の規定により、右譲受人に対する弁済はその効力を有するものと解すべきであるからである。そして、このような見解を採ることは、結果的に優先譲受人が債務者から弁済を受けえない場合が生ずることを認めることとなるが、その場合にも、右優先譲受人は、債権の準占有者たる劣後譲受人に対して弁済にかかる金員につき不当利得として返還を求めること等により、対抗要件具備の効果を保持しえないものではないから、必ずしも対抗要件に関する規定の趣旨をないがしろにすることにはならないというべきである。それゆえ、原審の確定したところによれば、本件債権部分の二重の譲受人と同視しうる立場にある上告人と石川の対抗関係における優劣は、譲渡人である訴外会社の確定日付のある文書による本件譲渡通知の破産会社に到達した日時と前記仮差押命令が破産会社に送達された日時の先後によるべきものであつて、上告人が唯一の債権者であり、石川の得た前記の仮差押命令及び差押・取立命令は、訴外会社に帰属しない債権を対象としたものとして、上告人に対してはその効力を主張しえず、無効であつたが、右仮差押命令等を得た石川は本件債権部分の取立権者としての外形を有し、右債権の準占有者に当たるということができるから、同人に対する弁済につき民法四七八条の規定の適用があるものというべきである。
2 同第二点指摘の問題について
(一) 民法四七八条所定の「善意」とは、弁済者において弁済請求者が真正の受領権者であると信じたことをいうものと解すべきところ、原審の前記確定事実によれば、破産会社は、本件譲渡通知により本件債権譲渡の事実は知つたものの、本件債権仮差押命令及び差押・取立命令の送達並びに石川の代理人たる弁護士の支払催告を受けて、石川が正当な取立権限を有する者と信じた、というのであるから、破産会社が善意であつたというべきである。
(二) そこで、次に、債権の準占有者である石川に弁済した破産会社の過失の有無について検討すると、民法四六七条二項の規定は、指名債権の二重譲渡につき劣後譲受人は同項所定の対抗要件を先に具備した優先譲受人に対抗しえない旨を定めているのであるから、優先譲受人の債権譲受行為又はその対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じない等の場合でない限り,優先譲受人が債権者となるべきものであつて、債務者としても優先譲受人に対して弁済すべきであり、また、債務者が、右譲受人に対して弁済するときは、債務消滅に関する規定に基づきその効果を主張しうるものである。したがつて、債務者において、劣後譲受人が真正の債権者であると信じてした弁済につき過失がなかつたというためには、優先譲受人の債権譲受行為又は対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じないと誤信してもやむを得ない事情があるなど劣後譲受人を真の債権者であると信ずるにつき相当な理由があることが必要であると解すべきである。そして、原審の確定したところによれば、訴外会社の本件譲渡通知の破産会社に対する到達日が石川の得た本件債権仮差押命令の破産会社への送達日よりも早かつたというのであるから、債務者である破産会社としては、少なくとも、準占有者である石川に弁済すべきか否かにつき疑問を抱くべき事情があつたというべきであつて、石川の得た前記の仮差押命令及び差押・取立命令が裁判所の発したものであるとの一事をもつて、いまだ破産会社に石川が真の債権者であると信ずるにつき相当の理由があつたということはできないから、破産会社が、前示のとおり、前記債権差押・取立命令等を発した裁判所の判断に過誤なきものと速断して、取立権限を有しない石川に対して弁済したことに、過失がなかつたものとすることはできない。
四 以上説示したところによれば、前記確定事実のもとにおいては、上告人は、破産会社に対し、札幌地方裁判所昭和五八年(フ)第四八〇号破産事件につき本件債権の残額二四四万六八九三円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年八月五日から破産宣告の前日の前である昭和五九年二月六日までの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金五一万五二五四円との合計二九六万二一四七円の破産債権を有するものというべきである。しかるところ、第一審判決において上告人の本訴の変更前の請求のうち二九万五七四二円とこれに対する遅延損害金の請求部分を認容した部分については、当該債権につき被上告人から異議の申立がないのであつて、右請求認容部分に該当する部分を控除した本件債権の残額二一五万一一五一円及びこれに対する前記期間にかかる遅延損害金四五万二九七九円の合計二六〇万四一三〇円の破産債権につき確定を求める本訴請求は理由があるから、これを認容すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大橋進 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭)
上告代理人富岡健一、同木村静之の上告理由
原判決は債権譲渡の対抗要件に関する民法四六七条二項、債権の準占有者への弁済に関する同法四七八条の解釈適用を誤り、後記最高裁判所並びに大審院の判例に違反しているので、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背として(民事訴訟法三九四条)、破棄されるべきである。
第一点 原審の事実認定によると、本件運送代金債権の譲渡から被上告人の本件支払に至る経緯は、次のとおりである。
(一) 上告人は、昭和五四年六月二七日、訴外有限会社森田土木運輸(旧商号有限会社三東運輸∥以下訴外会社という)から、同社が被上告人に対して当時有し、また将来取得すべき運送代金債権全部(同年七月までの計金五一一万〇、二八八円)の譲渡を受け、同債権譲渡についての確定日付ある通知は、右訴外会社から被上告人に対し、同月二八日頃なされた。
(二) 上告人は、同年七月六日、被上告人より、右譲受債権の一部金二六六万三、三九五円の支払を受けた。
(三) 訴外会社は、同年八月八日頃、上告人に対し、上告人の債務不履行を理由とする右債権譲渡契約解除の意思表示をなすと共に、その頃、被上告人に対しても、その旨の通知をなした。
(四) 訴外石川正三(以下訴外石川という)は、訴外会社に対する債権に基き、訴外会社の被上告人に対する運送代金中金二一五万一、一五一円につき、札幌地方裁判所において仮差押決定を得、右決定は、その頃、被上告人に送達された。
(五) 訴外会社は、同年九月一日頃、被上告人に対し、右解除通知を撤回する旨の通知をなした。
(六) 訴外石川は、同年一一月一日、右被仮差押債権につき同裁判所より債権差押並びに取立命令を得、右決定並びに命令は、その頃、被上告人に送達された。
(七) 被上告人は、同年一一月二一日、右金二一五万一、一五一円を右訴外石川代理人に支払つた。
原審は、以上のとおり事実関係を確定したうえ、訴外会社が上告人に対してなした債権譲渡契約の解除は、解除原因が認められないから無効である、したがつて上告人と訴外石川の債権者両名の対抗関係は、訴外会社が昭和五四年六月二八日頃、被上告人に到達の内容証明郵便すなわち確定日付のある債権譲渡通知の日時と、訴外石川が右仮差押決定を得て同年八月一五日頃これが被上告人に送達された日時の先後によるものと解すべきであるから、上告人が唯一の債権者であり、訴外石川の得た仮差押決定及びこれに続く本差押並びに債権取立命令は、最早訴外会社に帰属しない債権を執行の対象としたもので、上告人に対しては、その効力を主張しえない意味において無効であつた、と謂わなければならない、
しかし、訴外石川が右運送代金債権の取立権者としての外形を有することは明らかで右債権の準占有者というべきであり、被上告人は、訴外石川が正当な取立権限を有する者と信じ、又、そのように信じるにつき過失はなかつた、したがつて、被上告人の訴外石川に対する前記金員の支払は、債権の準占有者に対する弁済として右支払分につき被上告人の支払の責を免れさせることとなる、との理由により、右請求を排斥した。
しかし、原判決が、訴外石川は債権の準占有者に該る旨判断したのは、民法四六七条二項、四七八条の解釈を誤つたものである。
本件事実関係の下では、訴外石川が債権の準占有者ということはできない。その理由は、次のとおりである。
まず、判例によれば、債権譲渡の対抗要件制度の構造は、次のとおりである。
「民法四六七条一項が、債権譲渡につき、債務者に対する通知、承諾をもつて、債務者のみならず債務者以外の第三者に対する関係においても対抗要件としたのは、債権を譲り受けようとする第三者は、先ず債務者に対し債権の存否ないしはその帰属を確かめ、債務者は、当該債権が既に譲渡されていたとしても、譲渡の通知を受けないか又はその承諾をしていないかぎり、第三者に対し、債権の帰属に変動のないことを表示するのが通常であり、第三者はかかる債務者の表示を信頼してその債権を譲り受けることがあるという事情の存することによるものである。このように、民法の規定する債権譲渡についての対抗要件制度は、当該債権の債務者の債権譲渡の有無についての認識を通じ、右債務者によつてそれが第三者に表示されうるものであることを根幹として成立しているものというべきである。
そして、同条二項が、右通知又は承諾が第三者に対する対抗要件たりうるためには、確定日付ある証書をもつてすることを必要としている趣旨は、債務者が第三者に対し債権譲渡のないことを表示したため、第三者がこれに信頼してその債権を譲り受けたのちに譲渡人たる旧債権者が、債権を他に二重に譲渡し債務者と通謀して譲渡の通知又はその承諾のあつた日時を遡らしめる等作為して、右第三者の権利を害するに至ることを可及的に防止することにあるものと解すべきであるから、前示のような同条一項所定の債権譲渡についての対抗要件制度の構造になんらの変更を加えるものではないのである。」(最判昭和四九年三月七日民集二八巻二号一七四頁)
すなわち、右判決は、通知、承諾という債権譲渡の対抗要件は、債権譲渡の有無についての債務者の認識を通じて第三者に表示されうることを基礎として成立している旨述べているのである。
さらに、右判決は、このような民法四六七条の対抗要件制度の構造に鑑みれば、債権が二重に譲渡された場合、譲受人相互間の優劣は、確定日附のある通知が債務者に到達した日時又は確定日附ある債務者の承諾の日時の先後によつて決すべきであり、「右の理は、債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令の執行をした者との間の優劣を決する場合においてもなんら異なるものではない。」と判示しているのである。
右のような、民法四六七条の対抗要件制度の趣旨に鑑みれば、確定日付のある通知、承諾の先後によつて債権の帰属の優劣が決せられる場合には、債務者に対する関係でも、これによつて優先する譲受人が唯一の債権者となるのであつて、劣後する者が債権の準占有者と認められることはないと謂わなければならない。
実質的にも、確定日付ある債権譲渡の通知がなされた以上、債務者は債権譲渡の事実を認識し、当該譲受人のみを他の者に優先する唯一の正当な債権者と考えて行動するのが当然である。この場合、これに劣後する債権譲受人や仮差押債権者が現われたからといつて、これらの者について債権の準占有を認めることとなれば、確定日付によつて債権の帰属の優劣を決することとした趣旨が没却され、あえて確定日付ある通知をなした意味がなくなつてしまうであろう。
判例は、右のような見解を前提として、債権の譲渡されたことを口頭により通知された債務者は、当該債権の差押・転付命令の送達を受けた後には、前者に対する弁済をもつて準占有者に対する弁済とはいえない、としている。
すなわち、大審昭和七年五月二四日判決(民集一一巻一〇二一頁)は、次のように判示している。
「差押債権者タル上告人ハ本件債権譲渡ニ付テハ債務者以外ノ第三者ニ該当スルヲ以テ之ニ対シ右ノ譲渡ヲ対抗センカ為ニハ其ノ通知若ハ承諾ハ確定日附アル証書ヲ以テスルコトヲ要ス故ニ此ノ対抗要件ヲ具備セサル場合ハ勿論其ノ通知若ハ承諾カ確定日附アル証書ヲ以テ為ササルモ転付命令ノ送達ニ後レテ為サレタル場合ニ於テハ本件債権ノ譲受人タル土肥信太郎ハ其ノ債権ノ譲渡ヲ以テ差押債権者タル上告人ニ対抗スルコトヲ得サルヘク反テ上告人ハ転付命令ニ依ル本件債権ノ取得ヲ以テ土肥信太郎ニ対抗スルコトヲ得ヘク其ノ結果本件債権ノ譲受人タル土肥信太郎ハ一旦取得シタル債権モ取得セサルコトト為リ上告人カ唯一ノ債権者ト為ルニ至ルモノナルヲ以テ被上告人ヨリ右土肥信太郎ニ対シ本件債権ノ弁済ヲ為シタルトスルモ上告人ノ立場ヨリ之ヲ見ルトキハ債権者ニ非サル者ニ対シテ為シタル弁済ニ外ナラスシテ有効ノ弁済ニ非サルコト論ヲ俟タス原審ハ証人近藤逸之助並乙第二号証ニ依リ被上告人カ自己ノ為ニ前記譲受債権ヲ行使シテ支払ヲ請求シタル土肥信太郎ニ対シ前記口頭ニ依ル近藤逸之助ノ通知ニ依リ債権カ有効ニ土肥信太郎ニ移転シタルモノト信シ善意ニテ右債権全額ヲ弁済シタル事実ヲ確定シ右弁済ハ民法四百七十八条ニ依リ有効ナルモノト判定シタルモ前記ノ如キ事実関係ノ下ニ於テハ被上告人ノ右弁済ヲ以テ債権ノ準占有者ニ対シテ為シタル善意ノ弁済ト解スルコトヲ得サルヲ以テ原判決ハ此ノ点ニ於テ破毀ヲ免レス論旨ハ結局理由アルモノトス」
すなわち本判決は、「債権譲渡を対抗できない譲受人に対してなした弁済は債権の準占有者になした善意の弁済ということはできない。」と述べ、このような譲受人は債権の準占有者に非ずとしているのである(判例民事法昭和七年度八〇事件我妻栄評釈)。
右判例の趣旨によれば、債権の差押・転付命令(又は取立命令)の送達がなされた場合でも、右送達前、当該債権につき第三者に対する債権譲渡の通知がなされておれば、右転付命令(取立命令)を取得した者は、債権の準占有者ということはできない。もしそうでなければ、債権譲渡の対抗要件を備えた譲受人のみが唯一の債権者とされるという民法四六七条の趣旨が破られるからである(注釈民法(12)九六頁)。
本件について見るに、訴外会社は、債務者たる被上告人に対し、同年六月二八日付内容証明郵便にて、本件債権譲渡の通知をなし、対抗要件を具備したものでり、また訴外会社のなした前記契約解除の意思表示は無効であるから、その後同年八月一五日、債権仮差押決定を得、同年一一月一日、債権差押、取立命令を得た訴外人は、民法四七八条に定める債権の準占有者ということはできない。
原判決は、前記の如く、上告人と訴外石川の債権者両名の対抗関係が上告人の確定日付ある本件債権譲渡通知が被上告人に到達した日時と、訴外石川の得た本件仮差押決定が被上告人に到達した日時の先後によつて決すべきであり、上告人が本件債務者たる被上告人との関係では「唯一の債権者」である旨明確に認定判断しているのにも拘らず、これに劣後する訴外石川が民法四七八条の債権の準占有者に該るとした点において、前示最高裁判決および大審院判決に違反し、民法四六七条二項、同法四七八条の解釈適用を誤ると共に、理由不備、審理不尽等の違法がある。
右のような民法四六七条の対抗要件制度の構造に鑑みれば債権が二重に譲渡され、あるいは同一債権に対し仮差押命令の執行された場合、前記のとおり、通知等の到達日時の先後により「唯一の債権者」を決するをもつて足りるのであり、それ以外の劣後する者については、民法四七八条を適用する余地が全くないのである。
なお、付言するに、債権が重複して差押えられた場合において、第三債務者が無効な転付命令を取得した債権者に対し善意無過失で弁済した事例において、最判昭和四〇年一一月一九日民集一九巻八号一九八六頁は、第三債務者が右転付債権者に対し善意無過失でなした場合、右転付債権者は民法四七八条にいう債権の準占有者というべきであり、右弁済は、自己の債権者に対する関係においては有効であるとしなければならないが、他の差押債権者に対する関係では、別個の考察を要し、第三債務者が転付債権者に対してなした弁済は、民法四八一条一項にいう「支払ノ差止ヲ受ケタル第三債務者カ自己ノ債権者ニ弁済ヲ為シタルトキ」と同視すべきであるから、第三債務者は他の差押債権者に対し、被差押債権の消滅を主張することができない、と判示している。
そして、債権の譲受人と、差押債権者とは、債権の帰属ないし取立権限の優劣を判断するうえにおいては共通であるから、右判決の趣旨は、当然、本件のような事案にも推及されなければならない。
すなわち、被上告人が、無効な取立命令を得た訴外石川に対してなした弁済については、自己の債権者たる訴外会社に対する関係で、債権の準占有者に対する弁済になるとしても、右石川に優先する債権譲受人である上告人に対しては、債権の消滅を主張することができないと解すべきである。
第二点 仮に、訴外石川が債権の準占有者にあたるとしても、同人に対する被上告人の弁済は、善意、無過失でなされたものとはいえないので、この点においても、原判決は、民法四七八条の解釈、適用を誤つた違法がある。
一、原審の確定した前記事実関係によれば、訴外会社と上告人との間の債権譲渡について、同年六月二八日頃、訴外会社から被上告人へ確定日付ある通知がなされ、被上告人は、右第三者に対する対抗要件を備えた債権譲受人(上告人)の存在を認識したものである。このような場合に、その後、現われた上告人に劣後する差押債権者について、被上告人が法的判断の誤りによつて正当な取立権限を有すると考えたとしても、これをもつて、民法四七八条の「善意」による弁済とはいえない。なぜなら、被上告人は、既に右差押債権者に優先する債権譲受人の存在を知つているからである。
しかるに、原判決は、仮差押決定及び差押並びに取立命令の送達を受けた被上告人が「裁判所の公の判断に過誤なきものと考え、右命令に従つて右訴外人に対し振込み支払つた」というだけで善意による弁済であると判断しているが、このような解釈は、民法四六七条二項の第三者に対する対抗要件を備えた上告人の立場を全く無視するものであり、同条項の対抗要件制度の趣旨を没却するものである。
二、仮に、訴外石川に対する被上告人の弁済が、債権の準占有者に対する善意の弁済であるとしても、本件事実関係の下では、右弁済は、明らかに注意義務を怠つた過失によるものである。
すなわち、訴外会社は、被上告人に対し、同年八月八日、前記債権譲渡解除通知書を送付したが、同年九月一日、債権譲渡契約解除通知の撤回通知をなしたものであるから、被上告人としては、本件債権譲渡の真否につき疑惑をもつたものとしても、譲渡人たる訴外会社のみならず、譲受人たる上告人についても、照会その他の方法でその真偽を調査すべきものであり、なお、真実の債権者を確認できないときは、供託すべきものである。
しかるに,被上告人は、かねて訴外会社の杉村から右債権譲渡を解除する旨聞かされていたので、一応、右杉村に架電したが連絡がつかないまま、訴外人代理人入江弁護士から再三の催告を受け、同年一一月二一日、右支払に応じたものであつて、上告人に対しては、照会、問合せ等の手段を全然とらなかつたのであるから、本件債権譲渡契約が有効に解除されたものと信じるにつき、善意であつたとしても、到底過失の責を免れ得ない(東京地裁昭和三八年七月三〇日判決・判例時報三四四号四二頁は、債権譲渡の真否に疑義ある場合に債務者は譲渡人ついて調査しただけでは足らず、譲受人についても照会すべきであり、譲渡人だけについて調査して債権譲渡が不実のものであると信じ譲渡人に支払つた場合には、過失があるので準占有者に対する弁済として有効視することはできないと判示する)。殊に、本件の場合、上告人は、被上告人に対し、同年九月二八日付支払催告書(甲第七号証)をもつて、譲受債権の支払請求をなしたのに対し、被上告人は、上告人に対し同年一一月一二日付通知書(甲第八号証)をもつて、「本債権譲渡は三東運輸で解除し其の後第三者の差押を受けるといつた複雑な事情にあります」と通知しているのに拘らず、上告人から十分説明を受け、「複雑な事情」について疑惑を解消する努力を全くすることなく、その直後である一一月二一日、訴外人に対して右支払をなしたのであるから、むしろ被上告人は悪意の弁済者というべく、訴外人が本件債権の正当な取立権限を有すると信じた点に過失はなかつたものと認めた原判決の判断は、失当である。
尚、訴外楢崎運輸は、被上告人と同じく、訴外会社から債権譲渡通知、契約解除通知、解除の撤回通知を受けると共に、当該債権につき訴外人のなした債権差押並びに取立命令の送達を受けたものであるが、訴外人からの支払催告に応ずることなく、これを供託しているのであつて、右楢崎運輸がとつた措置こそ、原判決のいうところの「一般通常人の知識、判断能力」に合致するものと謂うべきである。