週記と日記はスキップリストの関係?
日記は「常に『タイトルを決めることなくなんでも書き込めるページ』がピン留めされて存在する」という価値を生み出す
忙しくて空欄のまま流れると罪悪感が生まれる
覚えてる間に1行でいいからなんか書いておこう、というインセンティブになる
忙しくても一行書く時間くらい捻出できるだろ論
足りないのは時間ではなく精神的余裕
究極、空欄のままになったとしても「この日は日記を書く余裕もないくらい忙しかったのだ」という記録だとみなせる
週記は、振り返って書いている
振り返って、未来の自分が振り返りやすいように書いている?
キーワードがリンクになることで日々の細かいページを繋ぎ止める?
そこまでまめにメンテしてはいないかも
タイトルに日付が書かれているので、必要になったらその日付の日記を読めばいい
必要になった時にたどれる程度には構造化されている