誤解は価値創造
しかしこれは、学校のテストでいうところの「間違い」「減点」ではない
紙の上に並んだ文字の羅列から、読者が再構築した概念が、著者のものとイコールではない現象 こういう「新しい形のものを再構築する」という作業は著者にはできない
つまり誤解をしてその誤解を著者に伝えることは生産的な活動 逆に、著者の言いたいことを100%誤解なく理解した人は、その時点ではまだ何も価値創造をしていない 誤解という表現にネガティブなバイアスがある
著者の理解と、読者の理解が食い違っているときに、それだけではどちらが正しいというものではない
著者の方が読者よりも多くの時間をそのテーマに対して投資しているので有益な知識にたどりついている可能性が高い
一方で、読者が、著者の持っていないような知識を持っている場合はそうとも言えない
著者も人間一人分の経験しかしていない
思考実験:
3年間プログラミング関連書籍を読んで、1行もプログラムは書かず、それをまとめた著者
1年間プログラミングを経験した読者
自分の表現しようと思ったものと違う解釈をした人を観測した時に「それは誤解だ」と斬って捨てるのではなく
何かその解釈に有益なものがあるのではないか、とか考える